営業マンとしてクライアントに対して自然体で接するということの大切さについて
営業にとってマナーやお作法は大切です。しかし対人関係においては自然体で接し、リラックスできる関係性を作ることもまた大切なことの一つです。そのためには自己開示していかねばなりませんが、これは適度な接点回数がなければ成り立ちません。営業としての能力を評価してもらった上で、接点回数を担保し、その上で、適切なタイミングで自己開示をしていくというのが、営業としての一つのスキルであると言えるでしょう。
マナーに捉われ過ぎずに営業マンとして自然体で接する大切さ
マナーとは、対人関係を良くしていく方法の一つです。営業マンとして配属された新人のうちは、電話対応にしても名刺交換やビジネス文書によるやり取り、そして毎日の挨拶、年間を通したイベントであったり、「結婚、葬祭」等のマナーについて、社内外で接点を持つ人に対して気を使うことは当たり前のことです。
対人関係のすべて場面において正しいお作法を完璧に遂行できるに越したことはないかもしれません。しかし必ずしもそれが営業としての最善であるとは限らないのです。
営業とは究極の対人関係が求められる仕事
前提として、営業は対人関係スキルや関係構築力によって成果が左右される職業、職種であることは言うまでもありません。その際に、マナーや色々なお作法がプラスに働くことは当然と言えます。しかしながら、あまりにも形式にこだわることや、あまりにもそつなく完璧にこなすことだけがゴールとも言えません。
例えば友人と過ごす時間などを考えてみると、よくわかります。友人と過ごす時に「親しき仲にも」がありつつも、「自然体でリラックスできる」と条件が関係性に与える影響は決して小さくないはずです。これは営業とクライアントの間においても同じことが言える部分があります。
重要なことは、相手に興味を持つこと。そして、少しずつでも相手との心の距離を縮める工夫です。さらに言葉や態度に不自然さやよそよそしさがあっては、逆の印象を与えてしまいます。TPOによっては必要以上に謙らずに、自然体で等身大の付き合いを心がけるということも一つの手段です。
クライアントに心を開いてもらうために
極論をいうと、クライアントが信頼の置ける営業だと感じてくれるのであれば最低限のマナーやお作法だけでよいということでもあります。自分自身のキャラクターによっても異なるでしょうし、相手によっても異なりますが、クライアントに心を開いてもらうためには、マナーやお作法だけに注力するのではなく、積極的に自己開示していくことが大切です。
すべてのマナーを正しく取り入れるだけでなく自分という殻を破り自己開示を通じて自分という人間を知ってもらうことによって、自分なりのマナーやお作法は自分なりの個性に変化していきます。営業にとってクライアントとの壁をどうなくしていくかをいつも心がけることが、利害を持つ対人関係の第一歩といっても過言ではないのです。
営業にとって自己開示は一つのスキル
しかし簡単に自己開示といっても、決して簡単なことではないことがわかります。自己開示はお互いの距離感が適度な状態でないとなかなか切り出せないものです。ただの身上話になってしまう可能性すらあります。適切な距離感でタイミングよく自己開示をして、自分を知ってもらうということは営業にとっては一つの大きなスキルとも言えます。
まず、適度な距離感というものは接点回数がある程度担保されない状況下においては難しいと言えます。だからこそ、少ない接点の状況下においては、むしろ営業としての能力で信頼を勝ち取ることが大切です。
商品の活用の幅、マーケットの知識、事例、そういったもので信頼を勝ち得てから、適度な接点回数が持てたタイミングで、自分という人間を知ってもらう機会がより自然な流れでの自己開示と言えるでしょう。
お手軽な自己開示はキャラクターを知ってもらうこと
人柄や感性、価値観を理解するということは難しいかもしれませんが、「キャラクター」として大雑把に自分という人間を認知してもらうことは比較的容易と言えます。「自分という人間を知ってもらう」「自己開示」というキーワードが重いと感じる場合は「キャラクター」を知ってもらうという軽いモノでも十分でしょう。
とにかく諦めが悪い、とにかく細部にもこだわる、とにかく想いが強い、などの人としての印象を抱いてもらうことがキャラクターを認知してもらうということです。それだけでクライアントはあなたのことを知った気になってくれますし、相手のことを知れば知るほど、クライアントとしても自分の本音を伝えやすくなりますし、心を許せる面積が広くなっていくはずです。
自己開示が効くのには仕組みがある——返報性と単純接触の使い方
自己開示が距離を縮めるのは、気のせいではなく、対人心理の二つの働きで説明できます。ひとつは「自己開示の返報性」です。人は相手が心を開いて話してくれると、自分も同じ程度のことを打ち明けたくなります。こちらが先に少し弱みや素の部分を見せると、相手も本音を返しやすくなる——この連鎖が壁を溶かします。もうひとつは「単純接触効果」で、人は繰り返し接した相手に好感を抱きやすくなります。先に触れた「接点回数が前提」という話には、こうした裏づけがあるわけです。
3年目として実務に落とすなら、接点を意図的に設計することです。商談という重い接触だけに頼らず、役立ちそうな業界ニュースを一本送る、先方の登壇イベントに一言感想を添える、といった軽い接触を挟む。用件のない連絡は迷惑だと遠慮しがちですが、相手にとって価値のある情報なら、接触の口実として十分に機能します。ただし単純接触効果は、悪印象の相手には逆に嫌悪を強めることも知られています。回数を稼ぐ前に、最低限の仕事の信用が要る、という順序はここでも変わりません。
何を開示し、何を伏せるか——自己開示の「中身」を設計する
自己開示が「ただの身の上話」で終わるか、距離を縮めるかは、話す中身の選び方で決まります。効くのは、適度な弱みや失敗談、自分のこだわり、そして相手との共通点です。「実は最初の提案、社内で一度突き返されたんです」といった小さな失敗の開示は、あなたを完璧な営業から等身大の人間に変え、相手の警戒を下げます。逆効果になるのは、自慢や武勇伝、重すぎる身の上話、政治や宗教の話、そして本業への愚痴です。これらは相手に気を遣わせるか、警戒させるだけで終わります。
順序も大切です。いきなり深い価値観や弱みを見せると、相手は引きます。まずは出身地や趣味といった当たり障りのない事実から入り、やり取りを重ねながら、考え方や仕事観へと、開示の深さを一段ずつ上げていく。相手が開いてくれた深さに、こちらの開示を合わせる感覚を持つと、独りよがりな自分語りになりません。開示とは、量ではなく、深さと順番の設計だと考えてください。
距離は「話す」より「話させる」で縮まる——傾聴と質問の作法
自己開示というと自分が語ることばかりに意識が向きますが、距離を縮める主役はむしろ「聴く」ことです。返報性は、こちらが開くだけでは半分しか働きません。相手が話してくれて初めて、関係は前に進みます。だからこそ、相手に興味を持つとは、具体的には「質問して、聴く」という行動に翻訳されます。会話の分量は、自分が話すよりも相手に多く話してもらうくらいでちょうどよいものです。
聴く技術にはコツがあります。相手が仕事の苦労を漏らしたら、すぐ解決策を返さず「それは大変でしたね、その後どうされたんですか」と一段掘り下げる。相手が開示してくれた個人的な話には、次に会ったとき「この前おっしゃっていた〇〇、どうなりました」と触れる。覚えていたという事実そのものが、あなたの関心の証明になります。自分のキャラクターを知ってもらうことと、相手を深く知ろうとすること。この二つは両輪で、片方だけでは自然な関係は生まれません。
対面・オンライン・テキストで、距離の縮め方は変わる
最後は、どのチャネルで接するかによって、自然体の作り方が変わるという実務です。オンライン商談が当たり前になったいま、画面越しでは、対面なら伝わっていた表情や間、雑談の余白といった非言語の情報が大きく削られます。だから、本題に入る前の数分を意図的に雑談の枠として確保する、カメラは原則オンにする、背景や手元の小物にさりげなく人柄がにじむようにする、といった一手で、削られた情報を補う必要があります。
メールやチャットのようなテキストでも、キャラクターは出せます。定型文をなぞるだけでなく、一文だけ自分の言葉の温度を混ぜる。返信の速さや、相手の状況への気遣いの一言が、テキスト上のあなたの人柄になります。対面では自然にできていた距離の詰め方が、チャネルが変わると通用しなくなることは珍しくありません。相手が主に使う連絡手段に合わせて、その手段なりの自然体を用意しておくことが、接点の質を保ちます。
そもそも「自然体」は、技を足して作るものではなく、鎧を脱いで現れるものである
ここまで、返報性や単純接触の仕組み、開示する中身の設計、傾聴、チャネルごとの工夫と、距離を縮める技術を並べてきました。最後に、そもそも「自然体」とは何なのかを、技術の一覧から一歩離れて考えてみたいと思います。
ここに、見落とすと足をすくわれる逆説があります。自己開示や傾聴を「心を開かせるテクニック」として突き詰めていくと、いつのまにか、自然体そのものを演じ始めてしまうのです。自然に見えるように弱みを見せ、計算して失敗談を差し出す——それはもう自然体ではなく、精巧な演技です。そして相手は、その計算を驚くほど敏感に嗅ぎ取ります。営業が煙たがられるのは、マナーが下手だからではありません。「売りたい」「気に入られたい」という意図が、所作の端々から透けて見えるからです。自己開示の技術も、相手を落とすための武器として使った瞬間、同じ匂いを発し始めます。
だとすれば、自然体とは、マナーや話術の上にさらに一つ技を積み増して到達するものではありません。むしろ逆で、相手を操作しようとする構えを一枚ずつ脱いでいった先に、後から現れてくるものです。等身大でいるとは、うまく振る舞うことではなく、うまく振る舞おうとするのをやめることに近い。目の前の相手を、攻略すべき案件としてではなく、たまたま利害を挟んで出会った一人の人間として見られるようになったとき、力みは抜け、言葉から硬さが消えます。技術は、そこへ至るまでの補助輪として役に立ちます。けれど最後に相手の心を緩ませるのは、技術の精度ではなく、あなたが相手をどう見ているか、その眼差しのほうです。鎧を脱いだ人の前では、相手も鎧を脱ぎやすくなる。自然体とは、結局のところ、先に無防備になる勇気の別名なのだと思います。
終わりに
繰り返しになりますが、マナーは大切です。しかし、マナーやお作法に捉われすぎて畏まりすぎることが必ずしも正解とは限りません。あくまでも相手に興味を持つこと、自分という人間を知ってもらうこと。これが対人関係で距離を縮める上で非常にポイントになります。
そうした環境を作るためにはまず、接点回数を持つことが大切です。そもそも接点を持つには営業としての能力がないと何度も時間を割いてくれません。そうした環境を整えた上で、自然な流れで自己開示をしていくという能力を育てることが大切です。
営業マンと向き合い、実践を重ねることが、成長のカギになります。学んだことを、明日からの一歩につなげていきましょう。
Noteも書いてます
営業を"言語化""構造化"する話を、ゆるめに

