「コンビニ?農協?年賀状?」違法性の高い自爆営業について
自爆営業とは、企業が従業員や営業マンに対して販売ノルマを課し、自腹で購入することを黙認する行為や強要する行為を指します。これらは強要罪に問われる可能性があり、「違法である」ではなく「違法性が高い」と表現に含みを持っているのは、従業員にとっての強要の圧力の高低によるものが大きく、自爆営業を完全に排除できない要因にもなっています。
違法性の高い自爆営業
自爆営業とは、販売ノルマ(あえて目標ではなくノルマと表現します)が高く設定され、その達成のために自分自身のポケットマネーで自社の商品を買い取ることを指します。
wikipedeiaによると下記のように定義されています。
企業の営業活動において、従業員が自己負担で商品を購入し、売上高を上げる行為のこと。全てはノルマ達成のために行なわれる。営業成績のために身銭を切る行為を自爆になぞらえた比喩である。
企業として従業員に対してポケットマネーでの購入を強要しているわけではなく、あくまでも企業が課しているのはノルマの達成であり、その手段として従業員が自腹で購入しているというケースが一般的です。しかしながら購入そのものをある種のノルマのように課している極めて悪質な自爆営業も存在します。
いわゆる平均的な企業における営業マンにとっての目標というのは絶対的な評価指標ではありますが、自爆営業が一般的とは決して言えないでしょう。むしろ、目標数値の達成のための自己購入はコンプライアンスの観点で懲罰の対象としている企業も多く、自爆営業とは対極の対応をとっています。
指摘される違法性と自爆営業がなくならない理由
まず、自爆営業は極めて違法性が高いという点を留意せねばなりません。例え1円であっても企業が従業員に対して商品の購入をすることは強要罪に当たる可能性が高いです。「違法性が高い」と表現上に含みがあるは、強要がどの程度の強さなのかという点によって大きく判断が変わる点にあります。例えば、購入をしなければ解雇であると明確に購入を強要しているケースと、ノルマの達成のために手段は問わない。と営業マンに伝達して、従業員が自ら購入しているケースとでは恐らく判断が異なるでしょう。またノルマの達成状況による個人への評価や懲罰の存在も一つの判断ポイントになります。
例えばどう考えても個人の努力では達成できないレベルのノルマを従業員に対して課し、ノルマが未達成の場合は年収が100万円以上下がるようなペナルティが明確にあることが事前にわかっている場合は、もしかすると従業員によっては数十万円の出費であれば許容してしまう人も出てくるかもしれません。これらは事実上、違法性が高く企業が従業員に対して強要していると言えるでしょう。
しかし自爆営業がなくならない理由としては大きく2点あります。
- 従業員に対する強要の圧力を可視化できない
- ノルマ未達成とペナルティの関係性を可視化できない
従業員に対する強要の圧力を可視化できない
明確に業務命令として従業員に対して指示をして自社商品の購入を強要しているケースと、販売ノルマの達成のために従業員が自社商品の購入をしているのを黙認しているケースとでは強要の圧力の強さが異なります。後者のような「そこにどれほどの企業からの圧力があったのか」ということを証明しにくいケースが自爆営業の多くを構成しており、直ちに違法性を問えず、自爆営業を撲滅しきれない要因となっています。
ノルマ未達成とペナルティの関係性を可視化できない
ノルマ未達成のペナルティが直ちに発動されるものではなく、「出世が制限される」と言ったような将来に渡って長く薄く影響するような場合は、ノルマ未達成とペナルティの因果関係を証明しにくいという側面もあるためです。例えばノルマ未達成に終わった人が長期にわたり出世できなかったとしても、それは他の理由によるもの、といった逃げ道を用意することができてしまう点も自爆営業を撲滅できない大きな要因になります。
自爆営業に似て非なるもの
例えば下請け企業に対する、元請け企業やメーカーからの商品購入の圧力も、自爆営業に似て非なるものです。例えば下請け会社に対してメーカー企業が、暗に自社製品の購入を取引継続の条件として散らつかせて、商品の購入を強要しているようなケースです。
徹底して排除したい自爆営業
「雇用関係」や「下請けと発注者」の関係という、力関係の存在している状態で商品の購入を半ば強制したり、取引の継続や雇用の安定をチラつかせて購入せざるを得ない状況に追い込むことは、雇用の透明化や企業の安定した継続的な運営をする上で、徹底して排除されるべき商習慣と言えるでしょう。時には、アルバイトのような立場の人にすら購入を強要するような個人商店もあるというから驚きです。
もしこうした事案が自身の身に起きた場合は専門家に相談することがよいでしょう。例えば法律のエキスパートである弁護士の中でも特に労働問題に強い弁護士に相談することがベストです。下請け元請け関係における取引の継続をチラつかせた商品の購入などは、下請法を管轄する公正取引委員会などに相談することができます。できれば一人ではなく多くの同じ立場の人たちと一緒に相談することがよいでしょう。
また身近な人がこういうことで困っていた時に、もちろん助けてあげる(商品を買ってあげる)ことも一つの選択肢ですし、そうした行動に出ることは十分に気持ちは理解できますが、それは結果的に、自爆営業を強いている企業を助けていることにも繋がっており、非常に難しい問題ですが自爆営業の強要を続けさせてしまう理由を作ってしまっていることも理解しなければなりません。
まとめると、違法性は成果を高めるうえで欠かせない視点です。要点を振り返り、自分の現場に合わせて実践していきましょう。
いま自爆営業は「パワハラ」として問題視されている──2024年の大きな転換
強要罪という切り口に加えて、近年はもう一つ、大きな枠組みの変化が起きています。それが「パワハラ」としての位置づけです。
報道によれば、厚生労働省は2024年に、パワハラ防止法(労働施策総合推進法)に基づく指針の中で、自爆営業がパワハラに該当し得ることを明記する方針を示しました。背景には深刻な事案があります。愛知県内では、金融機関で働く30歳代の男性が、預金額のノルマ達成のために家族から借金を重ねるなどして自ら命を絶ち、遺族が起こした訴訟で、名古屋高裁は2024年に、過大なノルマや上司の叱責による自爆営業が自殺原因の一つだと認定したと報じられています。
パワハラは、①優越的な関係を背景とした言動であること、②業務上必要かつ相当な範囲を超えていること、③労働者の就業環境を害すること——この三つの要素を満たすと認定されます。自爆営業は、まさにこの枠組みに乗せて捉え直されつつあるわけです。かつては「企業発展のための必要悪」として黙認されてきたものが、いまや正面から問題視される時代に入っている。この変化を知っておくことは、自分の身を守る上でも、将来ノルマを扱う側になる上でも、欠かせない前提になります。
どこからが「アウト」なのか──厚労省が示す問題パターン
「違法性が高い」という表現の含みを、もう少し具体的な物差しに落とし込んでおきましょう。厚生労働省は「労働者に対する商品の買取り強要等の労働関係法令上の問題点」というリーフレットを公表しており、そこでは問題となる具体的なケースが挙げられています。
分かりやすいのは、使用者としての立場を利用して、労働者に不要な商品を購入させるケース。そして、自社商品の購入を求め、労働者が断ったことを理由に懲戒処分や解雇を行うケースです。これらは、強要の意図がはっきり見える典型例です。
より判断が難しいとされるのが、次のようなケースです。従業員ごとに売上ノルマを設定し、「未達成なら人事上の不利益がある」と明示した上で、労働者が自分の判断で商品を買ってしまう場合。あるいは、現実的に達成困難なノルマを課し、未達成なら不利益処分を行うと決めている場合。ここでは会社が直接「買え」と言っていなくても、不利益をちらつかせた構造そのものが問題視されます。「強要の圧力を可視化しにくい」という難しさも、こうした基準に照らすことで、少しずつ輪郭が見えてきます。「命じられたか」だけでなく、「断れない状況が作られていたか」が問われる、と押さえておきましょう。
業界別の実態──農協・保険・郵便局・コンビニ・ディーラー
自爆営業は、特にノルマの厳しい業界で根強く見られます。タイトルにあるコンビニ・農協・年賀状も、その代表例です。
農協やJA共済では、共済(保険商品)の販売ノルマが厳しく、担当者が自分や家族名義で契約を積むケースが指摘されてきました。保険業界も同様で、新規契約や継続のノルマのために自腹で契約を結ぶことが、離職やメンタル不調の一因として社会問題化しています。郵便局の年賀はがきは、最も広く知られた例でしょう。売れ残りを局員が買い取る慣行が問題視され、2018年末に販売ノルマは廃止されたとされますが、その後も一部で実質的に続いているとの指摘が報じられています。買い取ったはがきをレターパックなどに交換して金券ショップに流す、といった「換金」の手口まで取り沙汰されてきました。コンビニでは、恵方巻きやクリスマスケーキなど季節商品の売れ残りを従業員が買い取る例、自動車ディーラーでは値引き分を営業担当が負担する例が挙げられます。
共通しているのは、「個人が背負う数字」が過大で、達成できないと立場が悪くなる構造がある、という点です。業界は違っても、痛みの生まれ方は驚くほど似ています。
もし自分や身近な人が巻き込まれたら──証拠の残し方と相談先
こうした事案に遭ったら専門家に相談するのが最善ですが、その一歩手前で、相談を実らせる備えを自分でしておけます。
まず大切なのは、証拠を残すことです。設定されたノルマの資料、自分が購入した記録(レシートや口座の引き落とし)、上司から購入を促されたメールやチャット、叱責の様子——後から「強要はなかった」とされないために、圧力の存在を示すものを、日時とともに手元に残しておきます。圧力は可視化しにくいからこそ、この記録が効いてきます。
相談先も、内容によって使い分けると動きやすくなります。雇用関係の中での買取り強要や不利益な扱いなら労働基準監督署、取引の力関係を背景にした下請けへの購入圧力なら公正取引委員会、というように、どの立場で受けた圧力かで適切な窓口が変わります。そして、動くなら一人でないほうがいい。一人の訴えは「個人的な不満」として処理されがちですが、同じ立場の複数の声は「構造的な問題」として扱われやすくなるからです。
そもそも、これは「悪い上司」の問題なのか
ここまで、パワハラという枠組みや判定基準、業界の実態、身の守り方を見てきました。最後に、自爆営業という現象の根っこを、一段引いて考えてみたいと思います。
私たちはつい、自爆営業を「悪質な上司」や「ブラックな一企業」の問題として捉えます。たしかに、明確に購入を強要する行為は、指弾されるべきものです。けれど、それだけを罰しても、この問題がなくならないのはなぜか。先に見た「圧力を可視化できない」「因果を証明できない」という難しさの、さらに奥にあるものを見る必要があります。それは、ノルマという制度設計そのものです。売上目標を「組織全体で追う数字」ではなく「個人が背負う数字」にした瞬間、達成できなかった時のグレーな逃げ道——自腹、家族契約——が、構造的に生まれてしまう。自爆営業は、誰か一人の悪意の産物である以前に、「未達を個人の責任にする」評価設計が必然的に生み出す副産物なのです。だからこそ、加害者を一人罰しても、設計が変わらなければ、次の現場で同じことが起きます。
この視点は、営業三年目にとって、他人事ではありません。いまは数字を背負わされる側でも、いずれ数字を配る側に回ります。その時、「達成手段は問わない」という一言が、どれほど危ういか。それは、部下に対する無言の強要装置になりかねません。数字を渡すなら、達成できる現実的な設計と、越えてはいけない手段の線引きを、セットで渡す。それが、数字を扱う者の責任です。
「必要悪」として長く黙認されてきた、と専門家が指摘するこの慣行は、裏を返せば、組織が個人の犠牲を「成果」に見せかける構造を、どれだけ温存してきたかの証でもあります。売上が上がった、ノルマを達成した——その数字の裏に、誰かの自腹が隠れていないか。その一点を問える目を持つことが、いつか数字を扱う立場になる私たちにとって、いちばん確かな歯止めになるのだと思います。
Noteも書いてます
営業を"言語化""構造化"する話を、ゆるめに

