クライアント先が倒産後、そのアルバイトだった人が面接に来た話
アパレルのクライアントにした大型の広告提案がきっかけで、一つの企業が倒産した話。その後、倒産したアパレルブランドでアルバイトしていた女子大生が自分の会社に面接に来て、営業として自分は何が足りなかったのかに気付かされた。
20年近く前の営業をしていた時の話
今は30代でベンチャー企業の役員をしています。かれこれ20年近く仕事をしていますが、営業をしていた時に、自分のビジネス人生の方向性を決めてくれたような出来事がありました。新卒で入った会社(前々職)で営業をしていた時の話です。比較的知名度もあり、就職人気ランキングで上位とは言わずとも、200位とかにはランクインするような規模の広告代理店でした。
なぜ営業職をしたかったのかはよく覚えていません。体育会にいた関係で、先輩が行った会社で、就活の時期に誘われるままに喫茶店でお茶をしたり面接を受けていたら内定が出て、そのままご縁があって入社することになりました。広告代理店がどういう仕事をするのかもあまりわかっていませんでした。
入社して1ヶ月ほどの全体研修があった後に配属された先が東京での営業職でした。氷河期でしたので、同期は10名ほど。多い時は30名ほどの同期がいる可能性もあったのですが、景気が厳しいのを実感したのを覚えています。体育会で縦関係には厳しい環境で育ったこともありましたし、多くの人が「広告代理店」と聞いて想像されるような飲み会なんかも、それほど苦なく、こなせていました。とりあえず最初は酒を飲むのと酒席でのマナーを覚えるのが仕事だと聞かされて育ちました。その会社を離れて10年ほど経ちますので、今のことはあまりわかりませんが、当時はそういう時代でした。
飲み会やお酒とは別に一つだけ、新人営業マンがしなければならないことがありました。昔取引があった顧客先に出向いて、広告ニーズを掘り起こしてくることです。と言っても、それほど大手ではなく、年間広告予算が500万程度のクライアント様が多く、知名度もそれほど高くない企業群を一人何百社とリストを渡されて、ただ訪問する。ニーズがありそうだったら次回、先輩を連れてヒアリングや提案をする。そういう仕事を半年ほどしていました。営業職に配属された同期は20人いたのですが、自分は上から数えた方が早いかな?ぐらいの成績でした。中の上ぐらいです。
アパレル会社との出会い
その時に、一社、当時かなりイケイケで業績を伸ばしていたアパレル会社がありました。不景気だったので多くの企業が広告予算を前年比で減らす中で、その会社は売上の伸び分を全て広告に投下するような、広告代理店にとってはとても上顧客でした。その会社から受注したのは、最初は女性誌のタイアップ企画でした。自分が受注したというよりかは、訪問してみたら「女性誌と組めないか?」と先方から切り出されて、自分には全くわからなかったので、翌週に先輩に同行してもらって、ほぼその場で発注が決まりました。
3ヶ月後ぐらいにその女性誌が発売されて、今風にいうとその記事が「バズ」りました。インターネットが今まで普及していた時代ではなかった反面、女性誌が絶頂だった時代です。何をしても、有名なモデルが着飾れば売れる。その波にうまく乗れたという表現が正しいかもしれません。
その企業が既に取引している広告代理店はあまり女性誌が強くなかったのですが、自分の会社は比較的多くのラインナップを揃えていました。また自社が抱えているクリエイティブ部隊のことも比較的気に入ってくれましたし、2年後にはほぼ広告予算のシェアがうちが100%を占めるような状態になっていました。
取引開始時に2店舗だった店舗はあっという間に、2年ほどで6店舗ぐらいまで増えました。景気がよくない中で、ファストファッションに近い位置付けで、安いなりによく見えるという手法がわかりやすく消費者のニーズを抑えていた点が強みだったように思います。
そして、多くの女性誌と取引ができるようになり、次はいよいよテレビかという話になりました。元々、憧れのようなものもあり、社長は口癖のように「いつかはテレビCM」と言っていました。そしていよいよというタイミングでテレビCMの提案を何日も徹夜を続けて、完成させました。その頃には僕も一人前の広告マンになったつもりでいました。
必死になった大型提案
広告の営業をしていて、お客様から「提案をしてほしい」と言われることが一番受注確度が高いということも、感覚でわかっていたこともあり、初めてのテレビCMの割には、かなり豪華なクリエイティブ陣を揃えて、地方テレビではありますが露出度を高めるような提案をしました。年間で取引をしてもらえるように、単発の提案ではなく年間通したキャンペーンの目玉として地方テレビを軸に添えて、女性誌や自社パンフレットなどを全て一気通貫させるという提案内容でした。
提案してから一週間、社長から提案通りの内容でお願いしますという返事がありました。先方企業の年間売上の20%に相当する金額でした。その企業を担当して、二年間の総仕上げのような提案でしたので、それが丸ごと受け入れられて、死ぬほど嬉しかったのをよく覚えています。
倒産
そして一年間、受注した通りのラインナップに加えて、どんどん追加提案を実施して、テレビのCMなどでも時々見かけるようになりました。そしてその一年後、その会社は倒産しました。明らかに広告費の使いすぎでした。広告というのは、効果につながっているのはわかるのだけど、どの広告に効果があるのかというのはよくわからない時代でした。
従って、始める時以上に辞めるには勇気がいります。社長はある意味、その時期を見誤ったのかもしれません。そして僕は、まさかこれだけのキャッシュを広告に注ぎ込んでいる企業が倒産するとは夢にも思っていませんでした。
結局全国の店舗は閉店になり、当時やりとりをしていた社長やプロモーション部の部長など、僕の提案に「うんうん」と喜んでいた人たちはみんな散り散りになり、破産申請がされて債権者集会以降、連絡が取れなくなりました。僕たちの会社もその会社の未回収の売掛があったので、財務経理部の人と一緒に、債権者集会で怒号を浴びている社長を見たのが最後でした。
社長はフィリピンに飛んだとか、プロモ担当の部長の娘が結婚破談になったとか、そういう噂だけは聞きましたが、もう繋がらなくなった社長の携帯電話の番号にかけて、「この番号は使われていない」というアナウンスを何度も聞くだけの日々が過ぎました。
心に残るやるせなさ
あの時、僕があんな提案をしていなければ、と思うことが何度もありました。僕の提案は「多くの消費者によいものを届けたいという一心だったか?」と聞かれると、首を縦にふれない自分がいます。「顧客の販売促進戦略として最適な提案だったか?」と聞かれると「当時はそう信じていた」と、なんとか声を振り絞って答えれるかもしれません。
しかし結果として、僕の提案は一つの会社を潰し、何人もの従業員の人生を変えてしまい、自分の会社を始め、多くの債権会社に迷惑をかけてしまうものでした。
採用部への異動
数ヶ月後、営業から異動になり新卒の採用の担当となりました。顧客を担当することもなくなり、毎日学生に広告代理店の仕事の魅力を説いて回る毎日を過ごしました。僕は今でも広告代理店の仕事は魅力的だと思っているし、クライアントにとってとても重要なパートナーになりうる仕事だと思っています。だから広告代理店の仕事の魅力を学生に伝えるということに、それほど苦痛があったかと聞かれると、「役割意識」という部分も込みで、むしろ楽しいと思うことさえありました。
女子大生の面接
ある日、一人の女子大生の面接をすることになりました。彼女が自己アピールとして記載していたのが、件のアパレル企業での販売のアルバイト経験でした。中身はありきたりだったし、「頑張って、アルバイトで副店長まで務めた」といった内容で、それほど心に響く内容だったとは言えません。しかし、僕は顔を上げることができずに、彼女を直視することができませんでした。
僕の隣にいた面接官が「どうして数あるアルバイト先で、ここでアルバイトをされようと思ったのですか?」という質問に対して、彼女は屈託のない笑顔で「このブランドが一番大好きだったからです。安くてもかわいいものがたくさんあって、女子高生や女子大生のお小遣いやアルバイト代でも買うことができて、オシャレっぽく見せるコーディネートとかもすごくしやすかったんです」と答えました。
営業として大切なこと
面接が終わった後、僕はトイレに駆け込んで、声を殺して泣きました。 倒産を知ったあの時は涙も出ずに、「やってしまった・・」という恐怖心という言葉が一番適切だったのかもしれません。しかし目の前の女子大生の「あのブランドが好きだった」という一言で、僕に欠けていたのはその気持ちだったということを突きつけられて、様々な感情が押し寄せて、申し訳ない気持ちや後悔や悔しい気持ちや、何よりも社長に頭を下げたい気持ちが溢れてきて、目が真っ赤になるまで会社のトイレで泣いてしまいました。後にも先にも仕事のことで泣いたのはその時だけでした。
あの時、他に何ができることがあっただろうと考えることは何度もありましたが、「お客様やプロモーションする商品のことを好きだ」と胸を張って言える気持ちを、きっと僕は最後まで持っていませんでした。
それから数年経ち、僕は会社を辞めて、別の会社で役員として働いています。 あの日以来「愛の持てない仕事」はどこか敬遠するようになりました。
またどこかで社長に会えたら、ぶん殴られてもいいからこう言いたい。
「社長。今の自分にもう一度だけ提案させてもらえませんか?」
営業の現場では、クライアント先への理解が成果を大きく左右します。本記事で紹介したポイントを振り返り、明日からの業務に少しずつ取り入れていきましょう。
扱うものを本気で好きになる ― 使い、現場に立ち、利用者の声を聞く
営業は、自分が扱う商品やサービスのことを、意外なほど知らないまま売っていることがあります。カタログのうたい文句は言えても、実際に使ったことはない、使っている人の顔を見たこともない、というのは珍しくありません。けれど、本当に相手の役に立つ提案は、その商品を心から良いと思えるところから始まります。ではどうすれば、扱うものを好きになれるのか。答えは、頭ではなく、体で知ることです。まず、自分で使ってみる。売る立場としてではなく、一人の利用者として触れてみると、良さも物足りなさも、初めて肌でわかります。次に、それが使われている現場に足を運ぶ。店頭で、お客さんがどんな顔でそれを手に取るのかを、自分の目で見る。そして、実際に使っている人の声を聞く。何が嬉しくて、どこに不満があるのか。こうして、売り手の理屈ではなく、使う人の実感を自分の中に貯めていく。その積み重ねが、口先だけではない、芯のある提案を支えます。
相手の「体力」を超えさせない ― 身の丈と持続性で設計する
大きな受注は、営業にとって何より嬉しいものです。しかし、その一件が、相手の会社の体力を超えていないかは、常に問わなければなりません。相手が乗り気だからと、支払える限界に近い提案を通してしまえば、目先の数字は上がっても、相手の経営そのものを危うくしかねない。とりわけ、効果がすぐには見えにくい商材ほど、この危うさは大きくなります。相手が勢いに乗っているときは、なおさらです。景気よく投資を増やしたがる相手に、それをそのまま後押しするのは簡単ですが、本当に相手のためを思うなら、時に勢いを抑える側に回る必要があります。この規模で大丈夫か、無理のない範囲はどこまでか。相手の売上や、資金の余裕を頭に入れたうえで、身の丈に合った提案に整える。相手が一年後も、二年後も、健全に取引を続けられてこそ、自分にとっても長く続く関係になります。売って終わりではなく、相手が続いてこそ、と考えることです。
「増やす」だけが提案ではない ― 止める・減らす勇気を相手と分かち合う
営業の提案というと、「もっと」の方向に偏りがちです。もっと大きく、もっと多く、もっと派手に。けれど、相手にとって本当に価値ある助言は、時に、その逆を向いています。うまくいっていないものは、思い切ってやめましょう。今は増やすより、絞ったほうがいい。効果の出ていないところは、一度引きましょう。こうした、減らす方向の提案ができる営業は、実はとても少ない。なぜなら、それは自分の売上を、自ら削る提案でもあるからです。だからこそ、あえて引き際を一緒に考えてくれる相手を、人は深く頼りにします。特に、いったん始めた取り組みは、やめる判断のほうが、始める判断より、ずっと勇気が要ります。ずるずると続けて傷を広げる前に、「ここで一度立ち止まりましょう」と言える。増やす提案と、減らす提案の、両方を示せること。その振り幅が、目先の売上を追うだけの営業と、本当に頼れる相手との違いを分けます。
効果を確かめる目を持つ ― 感覚頼みにせず、手応えを測る
提案したものが、実際にどれだけの成果を生んでいるのか。ここを、感覚だけで済ませてしまうと、判断を大きく誤ります。なんとなく効いている気がする、周りで話題になっている気がする。そうした手触りだけを頼りに投資を続けると、いつの間にか、費やした額に見合わない出費が膨らんでいることがあります。大切なのは、効果を、できるかぎり具体的な手応えで確かめようとする姿勢です。何が、どれだけの反応につながったのか。どの取り組みが効いていて、どれが空振りだったのか。完璧に測れなくても、測ろうとするだけで、見え方はまるで変わります。そして、その見極めを、自分だけでなく、相手とも一緒に行う。数字や反応を突き合わせながら、効いているものは伸ばし、効いていないものは見直す。この地道な検証を怠ると、勢いだけで走り続け、気づいたときには引き返せなくなります。売りっぱなしにせず、効果を見つめ続ける目が、相手を守り、自分の提案を鍛えます。
そもそも「商品を好きか」という問いは、自分がいま"どちら側"に立って売っているかを映す鏡である
ここまで、責任ある提案の実務を見てきましたが、最後に、営業にとって「扱う商品を好きであること」が、なぜそれほど大切なのかを、もう一歩踏み込んで考えてみたいと思います。「好き」と聞くと、情熱とか、思い入れといった、やわらかな感情の話に思えます。けれど、営業における「好き」は、実は、もっと硬い、判断にかかわる話なのだと思います。
考えてみたいのは、同じ商品を前にしても、人によって立っている「側」が違う、ということです。それを売る側に立って見るのか、それを使う人の側に立って見るのか。売る側に立つと、目に入るのは、受注の大きさや、自分の成績や、どう相手を動かすか、です。一方、使う人の側に立つと、見えてくるのは、それを手にした人が本当に嬉しいのか、その人の暮らしや商売がよくなるのか、です。「その商品が好きだ」という気持ちは、突き詰めれば、自分の視点が、使う人の側に自然と立っている状態のことなのだと思います。使う人の喜びが、自分の喜びとして感じられる。だから胸を張って「好きだ」と言える。
そう捉えると、「好き」が単なる感情論ではないことが見えてきます。それは、その提案が本当に相手のためになるのかを、絶えず内側から問い直させる、判断の軸になるからです。視点が使う人の側にしっかり立っていれば、相手をかえって苦しめるような提案には、心のどこかで自然と歯止めがかかる。逆に、視点が売る側だけに偏っていると、大きな一件を前にして、その歯止めがすっと外れてしまう。売れるかどうかばかりを見ているうちは、相手のためになるかどうかが、見えなくなっていくのです。「好き」とは、その大事な歯止めを、心の奥で効かせ続けるための、立ち位置そのものだと言えます。
だからこそ、大きな提案に踏み出す前に、一度、自分に問い直してみる値打ちがあります。自分は今、売る側の都合に立っているのか、それとも、それを使う人の側に立っているのか。この問いは、扱うものへの「好き」があるかどうかを、そのまま映し出す鏡のようなものです。その鏡に映る自分が、迷いなく使う人の側に立てているとき、提案は初めて、相手を危うくせず、長く喜ばれるものになります。扱うものを好きになるとは、感傷にひたることではなく、いつも相手の側から世界を見ようとする、その姿勢を持ち続けることなのだと思います。

