クライアント予算と決算期|聞き出さずに掴み、逆算して動かす営業術
クライアント決算期直前に思いもよらぬ大型受注をした経験がある営業マンも多いのではないでしょうか。決算月の直前というのは、通常とは異なった予算費消をする可能性が高く、コストを削ることももちろんあるのですが、今期中にコストをたくさん使ってなるべく来期につながるような有用な投資をしたいという企業は一定数存在します。その時に、言われてすぐ対応できないことがほとんどなため、営業としては事前にクライアントの決算期を把握し、先方の予算費消状況を確認できるような体制を整えておくことが必要です。
年間契約などの商習慣
比較的大規模なBtoBの法人間取引になってくると、単発での契約が主ではなく、年間を通して予め発注量を両者で認識を揃えることがあります。
例えば年間契約という形で限りなく事前に発注をする程度の会社間でのやりとりとしては公式なものから、社印を押した見積書を提出するにとどめたり、提出資料の中に提案の一環として年間の想定発注額を織り交ぜたりとケースは様々です。一年間分の予算を予めお互いですり合わせているので、その通りにいくかというとそうでもなく、年間発注量に応じてボリュームディスカウントなどを提供しているならまだしも、営業がしっかりフォローをしたりやるべきことをしないと、予め決まっていたとしても発注が突然止まったり、大幅な減少をしたりということもよくあります。
営業としてはこうしたことが起こらないようにクライアントの予算を抑えておきたいものです。
そもそもクライアント予算において押さえておかねばならないポイントはどのようなものがあるのでしょうか?
クライアント予算について
クライアント予算および、それに準ずる情報として、下記のようなものを営業として押さえておかねばなりません。
- クライアント決算期
- 現在の費消状況
クライアント決算期
クライアント企業の決算期は必ず押さえておく必要があります。「3月末決算企業」というような言葉を聞いたことがあると思いますが、その企業が一年間の初めを何月として、一年間の終わりを何月としているか、という期間サイクルの概念です。日本では多くの企業が3月末決算を迎え、4月1日から新しい期が始まります。これは決算期が3月ということになります。なぜゆえにクライアントの決算期を知っておく必要があるのでしょうか。
大きく二つの理由があります。
- 予算費消状況の確認タイミング
- 翌期計画の策定時期のキャッチアップ
予算費消状況の確認タイミングとは
クライアント予算を知るにあたり、いつ頃に聞けば予算費消状況の全体像が見えるかという点です。例えば3月末決算企業に対して、10月頃に「予算費消状況っていかがですか?」と聞いたとしても、まだ6ヶ月残っているので、余っているとも使いすぎたとも言い辛い状況です。しかしこれが1月後半頃に聞かれると、「今期は300万ぐらい余りそうだとか、今期は全く予算を使い越してしまったので削らなければならない」と比較的状況が明確になっています。
翌期計画の策定時期のキャッチアップ
「予算がないのでできません」と断られた経験のない営業はほとんどいないと言ってもいいでしょう。それほど断られる時に言われるセリフNO.1と言っても過言ではないと思うのですが、いわゆる期中に追加予算を獲得するというのは企業にとってはそれなりの難易度ということも往々にしてあります。
逆にいうと、来期計画を策定するタイミングであれば予算を確保してさえもらえたら発注可能性がグンと上がるということです。しかし一年間で来期計画の策定をしているタイミングはほんのわずかな期間です。決算期の数ヶ月前から新しい期が始まって1ヶ月以内のどこかでだいだい翌期予算はFIXします。
つまり三月末決算企業であれば、今年度の12月から来年度の4月の間の約5ヶ月の中のどこかで、来期計画というものは固まってしまいます。実質一週間で固まってしまうこともあれば、3ヶ月ほどかけて来期計画は策定するが、予算に関して打診できるタイミングはその中の一瞬ということもあります。
このタイミングを逃すとまた一年先までチャンスがないということもあります。既存の取引先だと、発注業者に対して「いつまでに来年の予算出してください」とオーダーすることもあるのですが、新規取引先には声はかかりません。こじ開けたい場合は一年でこのタイミングが一番こじ開けやすい時期ということを知るためにも、決算期および予算策定時期を知っておく必要があるのです。
現在の費消状況
現在、計画に対してどのような進捗でコスト費消をしているのかということも押さえておくべきポイントです。年間予算で何百万円というばっくりした予算ではなく、それぐらいの規模になると月ごとの費消計画も立てているはず。常に現状置かれている予算に対して使い越しているのか未費消のペースなのかという点です。
そして売れば売るほど賞賛される営業マンと違って、コスト費消担当者や利益コントロールをミッションに背負っている人は、なるべく予算を使い切ったり、計画通りぴったり利益着地させることが望ましいとされているケースが多いように思います。つまり、コストの未費消の状況が続いていたり、クライアント企業の売上が計画以上に伸長した場合は、コスト担当者としては「今まで以上にコストを使ったほうがよい」という環境に置かれることがしばしばあります。
もちろん全ての企業の全てのコスト費消がその観点で動いているわけではありませんが、多くの企業においては「利益は出せば出すほどよい」とされているわけではないことは認識しておいたほうがよいでしょう。その上で、現在のコスト費消状況をヒアリングし、その上で、残費消額にたいして、今期内はどのようなアプローチをするつもりなのか「コストを使いに行くのか、もしくは利益を余らせるつもりなのか」ということをしっかりヒアリングできる関係性を構築しておく必要があります。
もちろん、費消するつもりであるという回答があったタイミングですぐに自社として対応出来る予算費消項目としての提案を丁寧にその場でできればベストですし、提案されることを前提でそのような話をしてくれているわけですから、余った予算を取りに行くという前提ではなく、せっかく投資ができるのであればこうした来期にもつながる投資はいかがでしょう?という形でしっかり提案していくことが営業の仕事ということになります。
予算を直接聞かずに掴む──周辺情報と質問の設計
「ご予算はおいくらですか」と正面から尋ねて、正確な数字が返ってくる商談はそう多くありません。担当者自身が全体像を把握していないこともあれば、手の内を明かしたくない場合もあります。だからこそ、金額を直接聞かずに輪郭を掴む技術が要ります。
まず、相手が上場企業やその子会社なら、決算期は聞くまでもなく調べられます。IR情報の決算短信や有価証券報告書を見れば決算月がわかり、四半期ごとの費消の波も読めます。非上場でも登記情報や信用調査会社のデータで事業年度は取れることが多いです。ここまでは商談前に済ませておく前提の準備です。
次に、質問を「金額」ではなく「判断材料」で組み立てます。「今回、比較検討されている他社さんはどのあたりですか」「この案件、どなたの決裁で進みますか」「昨年の同じ時期は、どういう座組みで動かれていましたか」。比較対象がわかれば価格帯の見当がつき、決裁者がわかれば通せる金額の上限が見え、過去の発注実績がわかれば年間で動くロットが推測できます。金額そのものを聞かなくても、これらを重ねると予算の輪郭は驚くほど鮮明になります。
もう一つ有効なのが、こちらから幅を提示して反応を見る方法です。「規模感によりますが、このクラスだと数十万から、しっかり作り込むと三桁万円くらいまで動きます」と幅で置くと、相手は「上はちょっと厳しい」「下だと物足りない」と自然に手前の情報を返してくれます。沈黙して聞き出すより、たたき台を出して削らせるほうが早いのです。
決算カレンダーから逆算する提案とクロージングの設計
決算期を把握する目的は、知って安心するためではなく、一年をアプローチのカレンダーに落とし込むためです。三月末決算の企業を例にすると、局面は大きく三つに分かれます。
期末に向かう局面(おおむね一〜三月)は、余った予算を今期のうちに使い切りたい力学が働きます。ここで効くのは、思いつきではなく「言われたその場で発注できる状態の提案」を先に用意しておくことです。見積もり、納品スケジュール、決裁者に回せる稟議の材料まで揃えておきます。駆け込みは時間との勝負なので、準備の差がそのまま受注の差になります。
期が明けた直後(四〜六月頃)は、逆にコスト意識が最も高まり、財布の紐が固くなる局面です。ここで無理に押すと「わかっていない業者」の烙印を押されかねません。この時期は売り込みを引いて、情報提供や関係づくりに徹したほうが得策です。
そして見落とされがちなのが、来期の枠が固まっていく仕込みの窓です。既存客なら「来年度分の枠取り」を意識した相談を早めに投げ、新規なら、この一年で最もこじ開けやすいこの時期に照準を合わせて動きます。短期で刈り取れる案件と、来期の枠に仕込む中長期の案件を、同じ相手に対して並行して転がしていきます。決算という時間軸を持っているだけで、いつ何を出すかの精度が一段変わります。
「予算がない」を「予算を作る」に変える
断り文句の筆頭である「予算がない」を、そのまま終了の合図として受け取るか、交渉の入口として扱うかで、営業の成果は大きく分かれます。
まず、「予算がない」の多くは「この案件の優先順位が今は低い」の言い換えです。だから引き下がる前に、「今、一番手を打ちたい課題はどこですか」「これが解決したら、どれくらいのインパクトになりますか」と、金額ではなく課題の重さを掘り直します。優先順位が上がれば、予算は後からついてくることが少なくありません。
次に、予算は一本の財布ではないという視点です。今の費目で枠がなくても、別部門の予算、期の途中で使える特別枠、あるいは来期分の前倒しなど、社内には複数の財布があります。どの財布なら通せそうかを担当者と一緒に探すのは、外部の営業だからこそ踏み込める領域です。
そして、いきなり満額を狙わずトライアルや段階導入で小さく始めます。小さな実績が数字で出れば、それが次の稟議を通す材料になります。最後に、担当者が社内で予算を取りに行くための資料づくりを肩代わりします。決裁者に響く言葉、費用対効果の見せ方、想定される反論への備えまで一緒に作れば、担当者はあなたを社内の味方として扱い始めます。予算は待って配られるものではなく、こうして相手の社内に働きかけて作りにいくものです。
そもそも予算は「所与の枠」なのか
ここまでの手順は、突き詰めれば一つの前提の上に立っています。予算は決まっているもので、営業はその枠に自分を収めてもらう立場だ、という前提です。この前提を疑うところから、営業の景色は変わります。
企業の予算は、金庫に固定された残高ではありません。年度の初めに引かれた線は、四半期ごとの進捗、売上の上振れや下振れ、経営の方針転換によって、期の途中で絶えず組み替えられています。未費消が続けばコスト担当者はむしろ使いにいく圧力を受け、想定外の売上が立てば投資枠が緩みます。予算とは静止した数字ではなく、常に配分が書き換えられ続けている流動的なものなのです。
そう捉え直すと、営業がやっているのは「枠に入れてもらう」ことではなく、「配分の優先順位を書き換えにいく」介入だとわかります。相手の社内では、限られた原資をどの施策に振るかの綱引きが常に起きています。その綱引きに外から手を差し込み、自社の提案を上位に押し上げます。予算を動かす主語を、相手からこちらへ引き寄せる仕事です。
この視点の転換は、日々の言葉づかいにも表れます。「予算に合わせて提案を削る」のは枠を拝む側の発想で、「この投資が来期の何を生むか」を語るのは配分を書き換えにいく側の発想です。前者は相手の財布の大きさに自社の価値を従わせ、後者は自社の価値で相手の財布の中身を組み替えにいきます。同じ商談でも、どちらの立場からその場に座っているかで、担当者が受け取る印象はまるで変わります。配分の理屈に踏み込んでくる営業を、担当者は自分の側の交渉役として頼り始めるからです。
決算期という区切りが重要なのも、この文脈においてです。決算月は、組み替えの圧力が一年で最も高まる圧力点だからです。使い切りたい力、締めたい力、来期に仕込みたい力が、この時期に集中して噴き出します。だから決算期を読むということは、カレンダー上の締め切りを覚えることではなく、相手の社内で配分が最も動く瞬間を先回りして掴むことに他なりません。
「予算がないから無理です」という言葉を、営業はしばしば天井として受け取ります。けれど本当の天井は、金額ではなく、相手の社内における優先順位の順番のほうにあります。順番は動かせます。そして決算期は、その順番が最も動きやすくなる季節です。予算を所与の枠として拝む側に回るのか、配分そのものに手を掛けにいく側に立つのか──その一線が、同じ商談を、こじ開けられない壁にも、開くべき扉にも変えていきます。

