価格が高いと言われた時の切り返しトーク|返す場面と返さない場面

価格を提示した直後に「高いですね」と言われて、その場でうまく返せないまま商談を終えた。切り返しトークをまとめた記事はいくつも読んだのに、実際に言われた瞬間には一言も出てこなかった。この記事は、そういう状態から次の商談までの数日で立て直すために書いています。扱うのは値引きの是非ではなく、値引かずに返すための言葉と、その言葉を出す場面の見分け方です。

H2-1. 「価格が高い」に反射で返すと、そこから先は値引き交渉になる

「高い」と言われた直後の数秒で口が動いてしまうと、その商談は高い確率で値引きの話に移ります。厄介なのは、営業側が値引きを提案していなくても、返し方ひとつで「この商談の争点は価格である」と自分から認定してしまう点です。以下は現場で反射的に出やすい五つの返しと、その直後に商談がどう転ぶかです。まずはこれを避けることが、切り返しの出発点になります。

反射で出る返し商談がどう壊れるか
即座に値引きを匂わせる(「少し勉強します」)価格が唯一の論点だと営業側が先に認めたことになり、以降の会話はすべて金額の交渉になります
「でも」「いや」で否定する発言を否定された相手は、自分の判断を守る側に回ります。以降、価値の説明が届かなくなります
黙り込む沈黙を埋めるのは相手ではなく営業側の焦りです。次に出る言葉はたいてい金額の譲歩になります
共感しすぎる(「そうですよね、高いですよね」)高いことに同意した営業は、その価格を守る立場を自分から降りたことになります
説明をやり直す一度伝わらなかった説明を繰り返すと、提案ではなく押し売りに変わります

なお、値引きを正面から要求されたときの断り方そのものは別の記事(値引き 要求 断り方 営業)の領域なので、ここでは扱いません。この記事が扱うのは、値引かずに返す言葉です。では、反射の代わりに何を出すのか。次章から順に見ていきます。

H2-2. 「高い」と言われた瞬間に出す、最初の一言を決めておく

切り返しトークをいくつも読んで臨んだ商談で、いざ「高いですね」と言われた瞬間に一言も出てこなかった、という経験は珍しくありません。ここで多くの人が「覚えた数が足りなかった」と結論づけて、次はもっと多くのトーク例を暗記しようとします。しかし原因はそこではありません。相手のセリフが台本どおりに来ないこと、そして言われた直後の数秒は焦りで思考が止まっていることの二つです。この章では、覚える対象を「台本」から「最初の一言と、そのあとの三つの分岐」に置き換えます。

H3-2-1. トーク集を読んでも現場で一言も出てこない理由

トーク集は「相手のセリフ、それに対する自分のセリフ」という一対一の対応で書かれています。ところが実際に言われる言葉は、「ちょっと高いですね」「思ったより張りますね」「予算的に厳しくて」と毎回違います。対応表の左側が一致しないので、右側を引き出せません。さらに、覚えた型が六つあれば、そのうちどれを使うかを選ぶ時間が発生し、選んでいる間に沈黙が生まれます。加えて、焦りの正体は断られる恐怖と沈黙への不安であり、この状態では記憶から言葉を引き出す作業そのものが働きません。つまり必要なのは、選ばなくても出る一言を一つだけ持っておくことです。

H3-2-2. 最初の一言は1つに固定する — 内容ではなく、考える時間を作るための一言

最初の一言は、内容で勝負しません。目的は二つだけで、相手の発言を受け止めることと、自分が考える数秒を作ることです。条件は三つあります。第一に、否定語を含まないこと。「でも」を封じるには、そもそも「でも」から始まらない一言を先に置いておくのが確実です。第二に、金額の話に踏み込まないこと。この時点で数字に触れると、そこから値引き交渉が始まります。第三に、そのあと必ず質問に繋げられること。形としては「率直に言っていただいてありがとうございます」と受け、数秒置いてから「差し支えなければ、どのあたりと比べてそう感じられましたか」と繋ぎます。大事なのは、この一言を毎回同じにすることです。毎回違うことを言おうとするから、出てこなくなります。

H3-2-3. 覚えるのは10個の型ではなく、そのあとの3分岐

最初の一言のあとに持つのは、応酬話法の型を十個ではなく、分岐を三つだけです。一つ目は、相手が比較対象を答えられる場合。この場合は比較の土俵を揃えて返す流れに入ります(後述の第四章・第五章)。二つ目は、答えられない、あるいは言葉に詰まる場合。その「高い」は反射であって判断ではないので、返しに行かずに話を戻します(第三章)。三つ目は、「社内が」「上司が」と主語が変わる場合。このとき目の前の相手は説得の対象ではありません(第六章)。三つなら、焦っていても選べます。競合記事の多くは「受け止める、理由を聞く、価値を戻す」という三ステップを手順として説明しますが、ここで置いているのは手順の説明ではなく、焦って口が動くのを止めるための実装です。

H2-3. 同じ「高い」でも、いつ言われたかで返し方は変わる

切り返しトークをまとめた記事は数多くありますが、そのほとんどが「高い」を一種類の反論として扱い、一本のフローで処理しています。ところが実際の商談では、その言葉が商談のどの時点で出たかによって、意味しているものがまったく別になります。返しが下手だったのではなく、返すべき場面ではなかった、というケースが相当あります。この章では「高い」を四つのタイミングに分解し、返す相手と返す内容、そして返さない判断を分けます。以降の章はすべて、この分解のどこかに紐づきます。

「高い」という一言は、営業の世界では長いあいだ反論という箱に入れられ、返し方を用意しておくべきものとして扱われてきました。けれど、同じ音で発された言葉が、いつも同じ中身を指しているとは限りません。ノウハウが「言われた言葉と返す言葉の対応表」という形で流通しやすいのは、言葉そのものは誰の目にも見えるのに対して、その言葉が置かれていた場面は外から観測しにくいからではないでしょうか。温度計に出た数字だけを並べて、それが屋外で測られたのか室内で測られたのかを問わないようなものです。記録に残るのは言葉のほうなので、対策も自然と言葉の側へ寄っていきます。そうやって積み上がった対応表は、扱いやすさと引き換えに、その言葉がいつ出たのかという情報を最初に捨てています。だとすると、切り返しが効かないという悩みのいくらかは、返す言葉の質ではなく、言葉だけを単位にして商談を捉える見方のほうに原因があるのかもしれません。返し方を増やす前に、まず言葉に日付を付けて見る。この章でやるのは、そういう作業です。

H3-3-1. 価格提示の直後 — この「高い」には情報がない。返しに行かない

金額を口にした直後の「高いですね」は、多くの場合まだ判断ではありません。相場観の表明であり、交渉の作法であり、単なる第一印象です。相手はまだ、その金額が自社にとって妥当かどうかを検討していません。ここで用意していた切り返しトークを打つと、まだ実体を持っていない反論に、営業側から輪郭を与えることになります。言い換えると、「この商談の争点は価格である」と自分で先に認定してしまう行為です。取るべきは切り返しではなく、受け止めて話を戻すことです。「そうお感じになるところまでご説明できていないと思いますので、もう少しだけお時間をください」と返して、価値の話に戻します。見分け方は前章の分岐の二つ目、つまり比較対象を聞いても答えが返ってこないときです。

H3-3-2. 比較検討の途中 — 他社との差の話であって、価格の話ではない

比較検討に入ってから出る「高い」は、他社の見積という実体を持っていることが多くなります。この場合の「高い」は価格の話に見えて、実際には「差が分からない」という話です。同じような提案書が並んでいて、違いが説明できないとき、判断の基準として残るのは金額だけになります。したがって返すべきは価格の妥当性ではなく、比較の土俵そのものです。その金額に何が含まれているのか、対応の範囲はどこまでなのか、実際に手を動かすのは誰なのか。この三点を並べると、比較そのものが成立していないことが分かる場面がよくあります。何と比べているのかを聞き出す方法は第四章、比較対象ごとの返し方は第五章で扱います。

H3-3-3. クロージング直前と、持ち帰り・稟議のあと — 価格ではなく決断と社内が止まっている

この二つは似ているようで別物です。クロージング直前の「高い」は、価格ではなく決断の先延ばしであることが多くなります。判断材料は揃っていて、あとは決めるだけという段階で出る言葉なので、金額を下げても「もう少し考えます」に変わるだけです。効くのは値引きではなく、決めなかった場合に何が起き続けるのかを具体にすることと、決める範囲を小さくして最初の一歩を軽くすることです。一方、持ち帰りや稟議のあとに出る「高い」は、社内で話が落ちた合図です。目の前の担当者はすでに説得の相手ではなく、社内の判断を伝えている人になっています。ここで担当者に価値を再説明しても、その説明は社内には一言も伝わりません。打ち手が変わるので、第六章で扱います。

四つのタイミングを整理すると、次のようになります。

タイミング「高い」が意味していること返す相手やることやってはいけないこと
価格提示の直後判断ではなく反射。情報量がありません相手ではなく話の流れ受け止めて、価値の話に戻します用意した切り返しを打つこと
比較検討の途中他社との差が見えていません目の前の担当者比較の土俵(範囲・条件・体制)を揃えます根拠なく自社の優位を主張すること
クロージング直前決断の先延ばしです目の前の担当者決めない場合に続くことを具体にし、範囲を小さくします金額を下げて決断を促すこと
持ち帰り・稟議のあと社内で落ちた合図です担当者の社内社内で使える材料を渡します担当者に価値を再説明すること

この章の到達点は、「高い」に対する正しい返しは一つではなく、そもそも返さない場面があるということです。切り返しトークを増やす前に、いま自分がどの場面にいるのかを判定してください。

※著者の体験

自分がその言葉を言う側になったときのことを思い出すと、あの一言にはほとんど中身がありませんでした。

発注する側として、あるサービスの説明を受けていたときのことです。ひととおり内容を聞いて、最後に金額が出てきました。数字を見た瞬間に、けっこうしますね、と口に出していました。ただ、そのときの私は他社の見積を手元に持っていたわけでも、社内でいくらまでなら出せると決めていたわけでもありません。似たサービスの相場を調べたのは、その言葉を口にしたあとでした。順番が完全に逆だったわけです。

説明していた方は、たぶんあれを私の判断として受け取ったと思います。実際には、想定していた桁と違ったという驚きが、そのまま声になっただけでした。それでも出てくる言葉としては、しっかり検討したうえでの「高い」とまったく同じ形をしています。売る側から見て、その二つが区別できるようには私には見えませんでした。

H2-4. 何と比べて高いのかを、嫌味なく聞き出す

場面の判定ができたら、次は中身の特定です。「何と比べて高いのですか」は正しい質問ですが、そのまま口にすると詰問になります。相手は自分の発言を守る側に回り、本当の比較対象は出てきません。必要なのは前置きの一言と、答えやすい形に整えた質問です。この章では前置きの型を三つ、質問の型を三つ挙げ、返ってきた答えごとに次にどの章を見ればよいかまで示します。

前置きは、相手を防御に回らせないことが共通の条件です。こちらの落ち度に寄せる形(「ご説明が足りていなかったかもしれないのですが」)、率直さへの感謝を置く形(「はっきり言っていただけて助かります」)、相手の判断を尊重する形(「何かと比べられてのことだと思うのですが」)のいずれかを、最初の一言に続けて置きます。質問は三つで足ります。第一に比較対象を聞く質問、「どのあたりと比べて、そう感じられましたか」。第二に幅を聞く質問、「いくらぐらいであれば、社内で話が進みそうでしょうか」。これは金額を聞いているようでいて、実際には予算枠があるかどうかを確かめる質問です。第三に条件を聞く質問、「金額以外で気になっている点はありますか」。価格が本当の争点なのかを切り分けられます。

返ってきた比較対象次に見る章
予算枠と比べて高い第六章(買い手の社内の事情)
解決したい課題の大きさと比べて高い第五章(課題側の金額を先に置く)
他社の見積と比べて高い第五章(比較の土俵を揃える)
ネットや人づての相場と比べて高い第五章(相場の中身を確かめる)
過去の取引価格と比べて高い第五章(前回との条件差を出す)

H2-5. 比較対象別の切り返しトーク

ここが実際に口に出す言葉です。ただし、覚える量を増やす章ではありません。比較対象が特定できていれば、返しの方向は一つに決まります。以下の表は、比較対象ごとに返しの型と一言の例、そして言ってはいけない一言を並べたものです。長い会話例は載せていません。会話例が長いほど現場では再現できず、結局は前章までの判定と、この表の一行が出せるかどうかで決まるためです。

比較対象返しの型一言の例言ってはいけない一言
他社の見積含まれている範囲を並べて土俵を揃えます(yes if)「同じ条件で揃えるとしたら、どこまで含まれたお見積りでしょうか」「うちは品質が違いますので」(根拠のない優位主張です)
予算枠金額ではなく費目と期を聞きます「その費用は、どの費目から出る話になりますか」「ご予算はおいくらですか」から入ること(自分の価格を先に捨てています)
課題の大きさ課題側の金額を先に置きます(yes so that)「この状態が続いた場合に何がどれだけ失われるかを、一度並べてみませんか」費用対効果を一般論で語ること
相場観相場が何を指しているかを聞き返します(ブーメラン)「相場の中身が違っているかもしれないので、そこを確かめさせてください」相場そのものを否定すること
過去の取引価格前回と今回の条件差を出します(yes and)「前回と同じ形でしたらその金額ですが、今回は範囲が変わっています」前回の担当や前例を否定すること

一点だけ補足します。よく紹介される yes but、つまり「おっしゃる通りです。しかし」という型は、現場では機能しにくい型です。「しかし」の前後で立場が反転することが相手に伝わるため、受け止めが形式的なものに見えてしまいます。受け止めるなら、そのあとに逆接を置かない形を選んでください。ここまでが、多くの記事が扱っている範囲です。次章からは、この表を使っても動かない「高い」を扱います。

※著者の体験

並べられている見積が、そもそも同じものを指していないことがあります。

採用支援の側にいたころ、媒体や採用のアウトソースの提案で、他社と並べて検討されるのは日常でした。人事の方の手元に何社かの見積が並び、話題になるのはたいてい右端の金額です。ところが中を開くと、原稿を誰が書くのか、掲載の期間はどれだけか、応募が来てからの一次対応まで含まれているのかが、各社でばらばらでした。同じ言葉で書かれた一行が、社によって違う範囲を指していたわけです。それでも比較表の上では、その違いは金額の差としてしか表示されません。

自分の見積の内訳を開いて説明したことが何度かありますが、話しているうちに、他社の分にも同じ範囲が入っていると先方が思い込んでいたと分かる回がありました。金額の差を説明していたはずなのに、途中から金額の話ではなくなっていく。あのときの手応えは、値段を納得してもらえたときのものとは少し違っていた気がします。

H2-6. 「高い」と言っているのは、担当者ではなく買い手の社内かもしれない

目の前の担当者が「高い」と言っているとき、その言葉が担当者自身の判断であるとは限りません。法人相手の商談で「高い」が生まれる発生源の多くは、買い手の社内側にあります。見分け方は単純で、主語が「私」から「社内」「上司」「予算」に変わった瞬間です。この切り替わりを見逃すと、社内で止まっている案件に対して担当者への価値説明を繰り返すことになり、時間だけが過ぎます。この章では、切り返しの相手を担当者から担当者の社内に切り替えます。

H3-6-1. 予算費目が無い・期がずれている — 金額を下げても通らない「高い」

最初に確かめるのは、その費用を出す財布が存在するかどうかです。予算の費目自体が今期に無い場合、これは金額の大小の問題ではありません。どれだけ下げても通らない一方で、期の頭に出し直せば元の金額のまま通ることがあります。したがって聞くべきは「いくらなら通りますか」ではなく、「どの費目から出る話になりますか」「予算はいつ組まれますか」です。期がずれているだけであれば、いま取るべき行動は値引きではなく、来期の予算要求に間に合う資料を今のうちに作って渡すことになります。また、単年度で見ると重いが複数年で見れば通る、という案件もあります。この場合は金額ではなく、予算の見方そのものを動かす話になります。

H3-6-2. 稟議で説明できない金額は「高い」になる — 窓口に持たせる材料を作る

決裁する側が見ているのは、金額そのものではなく、その金額を承認したときに自分が社内で説明できるかどうかです。説明が作れない金額は、たとえ妥当でも「高い」という言葉になって戻ってきます。ですから効くのは値引きではなく、稟議書に貼れる材料を渡すことです。同業での導入の経緯、投資が回収される道筋、着手しなかった場合に続く損失、比較検討をきちんと行った記録。これらは窓口の担当者が社内で使う道具です。もう一つ、窓口が必要としているのは「交渉した証拠」であることもあります。金額を動かさずとも、支払時期の調整や導入スケジュール、立ち上げ時の支援の厚みなど、持ち帰れるものを渡せば収まる場合があります。ただし、相見積で最安でなければ通らないという購買規程がある場合は、切り返しでは動きません。これは第八章に接続します。

H2-7. 切り返しの勝負は、価格を出す前についている

ここまでは言われたあとの話でした。しかし、切り返しトークが必要になる回数そのものは、営業の話術ではなく価格の出し方で決まっています。「高い」と言われてから返す技術を磨くより、言われる回数を減らす設計を直す方が、結果に対する効き方が大きくなります。何度返しても「高い」と言われ続けるとき、疑うべきなのは自分の話術でも商材の価格でもなく、金額を出す順番と単位と比較軸です。この章では、その三点を扱います。

H3-7-1. 価値の合意が取れる前に金額を出さない — 順番が「高い」を作る

価値について合意が取れていない段階で金額を出すと、それ以降の会話はすべて価格の妥当性をめぐる議論になります。人は最初に見た数字を基準にするので、価値が空欄のまま数字だけが置かれると、相手はその数字を自分の相場観と比べるしかありません。つまり、切り返しが必要な状況を営業側が自分で作っていることになります。実装は三点です。第一に、解決したい課題の大きさを金額の形で合意してから価格を出すこと。比べる分母を先に作る作業です。第二に、「概算でいくら」と早い段階で聞かれたときに即答しないこと。「範囲によって変わりますので、まず何をやるかを決めさせてください」と返します。第三に、提案資料の中で価格のページを最後に置くことです。

H3-7-2. 価格の単位を変える — 総額/月額/1件あたり/使わなかった場合の損失

同じ金額でも、どの単位で見せるかによって「高い」の出方が変わります。総額で見せるのか、月額に割るのか、一件あたりや一人あたりで示すのか、あるいは導入しなかった場合に失われ続ける額として置くのか。ここで大事なのは、金額を小さく見せる技術ではありません。相手が社内で説明しやすい単位に合わせることです。稟議で使われる単位が総額であれば、月額に割って提示しても社内では総額に戻され、そこで改めて「高い」が発生します。数字で価値を示すことの重要性はよく語られますが、論点は数字を出すこと自体ではなく、どの分母で出すかにあります。相手の社内で使われている単位を先に聞いてから、その単位で見積を組み直してください。

H3-7-3. 比較軸は自分で置いてから価格を出す

比較軸を置かないまま価格を出すと、相手が手元に持っている軸で評価されます。他社の見積、ネット上の相場、前回の取引価格。いずれも営業側が選んだ軸ではありません。ですから、金額を出す前に「この種の判断は、こういう軸で見るものです」と先に置きます。軸は三つまでにしてください。多いと相手が選べなくなり、結局は金額という分かりやすい一軸に戻ります。軸を先に置いておけば、「高い」と言われたときの返しが変わります。価格の弁明ではなく、置いた軸に話を戻す作業になるからです。この章の到達点は、切り返しトークとは価格の出し方を間違えた分の回収作業である、ということです。回収の腕を上げるより、出し方を直す方が早く効きます。

※著者の体験

商談の記録を扱う仕組みを自分で作っていて、いちばん扱いに困ったのがこの言葉でした。

営業の管理基盤を組んでいたとき、商談の状態を五つの観点で採点する部分を入れていました。予算があるか、商材そのものへの懸念があるか、決裁の道筋が見えているか、検討の期限が近いか、課題に合っているか。この五つです。ここに、価格が高いと言われた、という項目を足そうとして手が止まりました。どこに入れても収まらないのです。予算の観点に入れると、そもそも費目が無い案件と混ざります。懸念の観点に入れると、商材そのものへの不信と混ざります。結局その言葉は独立した列にはならず、ほかの観点がどうなっているかを映す表示のような扱いに落ち着きました。

現場でいちばん頻繁に聞く言葉が、データにしようとするといちばん形になりませんでした。人の耳には明確な反対に聞こえるのに、列にすると輪郭が消えてしまう。この扱いにくさは、まだうまく言葉にできていない気がします。

H2-8. 何度説明しても「高い」が続く商談から、降りる基準

切り返しを扱う記事の多くは、粘る、我慢する、価値を守る、という前提に立っています。しかし、切り返しの巧拙では動かない商談は実在します。予算枠そのものが存在しない案件、最安でなければ通らない購買規程がある案件、値引きを前提としなければ話が進まない案件。これらを追い続けている限り、「いつまで追えばいいのか分からない」という状態は解消しません。この章では、降りる前に確認する三点と、切らずに残す降り方を置きます。

確認するのは次の三点です。第一に、予算枠が本当に存在するか。費目、期、金額の三点を確認できていなければ、それは今期の商談ではありません。第二に、決裁の構造が見えているか。「その金額なら決まりますか」に即答できない窓口は、決裁を握っていません。決裁者に届いていない案件を、価格で動かそうとしても動きません。第三に、最安必須の購買規程があるか。あるならそれは価格勝負であり、切り返しの領域ではありません。回数の目安も置いておきます。比較対象を特定したうえで同じ「高い」が三回続いたなら、それは価格の問題ではなく、価値の合意が取れていないか、そもそも予算が無いかのどちらかです。四回目の切り返しを打っても結果は変わりません。

降り方は、切るのではなく時期をずらす形で残します。「今期は難しそうですので、来期の予算を組まれるタイミングで改めてご相談させてください」と伝え、そのときに予算が組まれる時期を聞いておきます。次の接触の理由が自動的に残るので、降りた案件は失注ではなく、日付のついた案件になります。

H2-9. まとめ — 「高い」は反論ではなく、いま何が止まっているかの合図

「高い」は打ち返すべき反論ではなく、商談のどこが止まっているかを教えている合図です。価格提示の直後ならまだ何も判断されておらず、比較検討中なら差が見えておらず、クロージング直前なら決めたくないだけで、稟議のあとなら社内で落ちています。同じ言葉が、毎回違う場所を指しています。やることは三つです。最初の一言を一つ決めておくこと。いつ言われたかで返し方を変えること。価格を出す順番と単位を直すこと。返しの巧拙で決まる商談は、思っているより少ないはずです。

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筆者:店長

営業と、競馬と、しゃべる植物。あっAIも。つい、いろいろ作ってしまう人です。

→ 店長の正体(詳しいプロフィール)

店長

Xアカウント:@nishi_sales_ai 新卒で大手IT企業に入社し、飛び込み営業から深耕営業、大手企業担当まで第一線で経験を積む(表彰歴多数)。その後、事業企画・営業企画部門で経営に近い立場から営業組織と数字に向き合い、10年勤続を経て独立。営業組織の改善に特化したコンサルタント企業を立ち上げる。 コンサルタントして数々の現場に入りつつ、自ら営業特化の転職エージェントも運営。近年はAIを活用した営業組織の業務改善・生産性向上プロジェクトに携わる。現場の最前線と経営の両方を見てきた視点から、営業3年目前後がぶつかる壁を越えるための実践知を発信する。

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