AIで商談準備|顧客調査プロンプトは聞くことを決めるために使う

商談の前に相手の会社をAIに調べさせて、返ってきたものが商談で一度も使えなかった。この記事は、そのずれがどこで起きているのかを分解して、顧客調査のプロンプトを組み直すためのものです。先に立場を書いておきます。顧客調査でAIに作らせるべきものは、顧客についての知識ではありません。その商談で確かめる仮説と、最初に聞く質問です。調べたことを商談で話すために準備するのではなく、商談で何を聞くかを決めるために準備します。

AIに顧客のことを調べさせると、なぜ「会社案内の要約」しか出てこないのか

顧客調査でAIを使うとき、最初に打つのはたいてい「【会社名】について教えてください。商談前に知っておくべきことをまとめてください」に近い一文です。返ってくるのは、設立年や所在地といった会社概要の焼き直しと、「人手不足が課題と推測されます」「DXの推進が求められています」というどの会社にも当てはまる課題リストと、「業務効率化のご提案が有効でしょう」という当たり障りのない提案方針です。筋は通っていますが、商談でそのまま口に出せる一文はありません。社名を入れたのに似た名前の別会社の情報が混ざる、という症状もよく起きます。

ここで多くの方は、自分のプロンプトの書き方が悪いのだろうと考えます。この記事はそれを半分だけ肯定します。指示文の型は確かに要りますが、型を整えても中身は変わりません。変わるのは、どの商談に調べるかを決めたとき、社名以外に何を渡すかを変えたとき、出てきたものを何に変換するかを決めたときです。以降はその三つを順に扱います。準備が速くなること自体は、商談を良くしません。

商談準備は1種類ではない — 調べる量は、商談の回数と相手の役職で決まる

顧客調査を解説する記事は、ほぼ例外なく商談準備を一本の固定手順として設計しています。情報収集をして、課題の仮説を立てて、ロープレをする。手順としては整っていますが、実務の商談はこの一種類ではありません。初めて会う相手のヒアリングアポと、条件を詰める二回目の提案商談と、決裁者が同席する最終商談では、調べるべき対象そのものが入れ替わります。そして週に何件も商談が入る営業担当が、そのすべてに同じ準備をすることはできません。ここを分けないまま時短だけを進めても、増えるのは準備の量だけです。

初回・2回目・決裁者同席で、調べるものが入れ替わる

初回のヒアリングアポでは、相手の課題がまだ分かっていません。この段階で会社を深く調べてもたいてい外れます。AIが挙げる課題は業種の一般論であって、その会社が今困っていることとは限らないからです。ここで要るのは会社の予習ではなく、業種と商流の予習です。誰から仕入れて誰に売っているかが分かると、相手が納期と価格と人員のどれに挟まれているかの見当がつきます。二回目以降の提案商談では前提がひっくり返ります。この顧客について最も正確な情報は、ネットではなく前回の商談メモの中にあるからです。渡すべきは会社概要ではなく前回聞いた話そのもので、そこからまだ聞けていないことを洗い出させます。ネットを調べる工程ではなく、自分の記録を読み直す工程に変わります。決裁者が同席する最終商談では、調べる対象が担当者から意思決定の構造へ移ります。公開情報が正面から効く、数少ない場面です。

商談の種類調べる対象AIに渡す材料時間の目安
初回のヒアリングアポ業種と商流(誰から買って誰に売るか)業種、おおよその規模、会う相手の部署直前の15分程度
2回目以降の提案商談前回聞いた話と、聞けていない項目前回の商談メモ、この商談で決めたいこと10分程度
決裁者が同席する最終商談意思決定の構造と投資の判断軸決算期、公開されている投資の履歴準備を厚くしてよい商談

AIの顧客調査が効く商談と、効かない商談

AIの顧客調査が効くのは、三つの条件が重なったときです。初回であること、自分がその業界や商流に不慣れであること、相手が情報を出している会社であること。上場している、あるいは採用や広報に力を入れている会社なら三つ目は満たされます。逆に効かないのは、二回目以降で自分の商談メモの方が詳しい場合と、相手が情報をほとんど出していない小規模な会社の場合です。前者は調べるより読み直す方が速く、後者は調べ方そのものを切り替える必要があります。ここで時間の線を引いておきます。準備に使ってよい時間の上限は、その商談で決まることの大きさで決めます。週に何件も商談があるなら、深く準備するのは山になっている二、三件だけにして、残りは最初に聞く質問を三つ用意して出ます。

顧客調査プロンプトの基本形 — 社名を渡す前に、材料を3つ渡す

最初に外すべきなのは、「【会社名】について教えてください」という頼み方そのものです。この頼み方は三つの問題を同時に抱えています。AIが手がかりとして社名しか持っていないため似た名前の別会社と混ざること、何のために調べるのかが入っていないため目的の無い要約、つまり会社案内の焼き直しが返ること、そして知らないことを書いてよい状態になっているため空いた欄が一般論と創作で埋まることです。土台のプロンプトは、社名を渡す前に材料を渡すところから始めます。自分が何を売りに行くのか、相手のどの部署の誰と会うのか、その商談で何を決めたいのか。この三つが入るだけで出力の性格が変わります。

土台プロンプト(実物・コードブロック)

以下が土台です。目的別のプロンプトを何本も覚える必要はありません。覚えるのはこの一本で、目的が変わっても差し替えるのは材料欄の中身と出力形式の一行だけです。指示文の四要素と呼ばれる役割・目的・条件・出力形式も、解説を読むよりこの一本を読む方が速いはずなので、そのまま埋め込んであります。【 】で囲んだ欄が、商談ごとに書き換える場所です。

あなたはBtoBの法人営業担当です。以下の商材を、以下の会社に提案しようとしている立場で調べてください。

【自社の商材と、この商談で提案したい内容】
【相手の会社名・公式サイトのURL】
【業種/おおよその従業員規模/本社所在地】
【会う相手の部署と役職】
【この商談で決めたいこと(次回アポの獲得/課題の特定/稟議に上げてもらう など)】
【前回までの商談で相手が言ったこと(あれば貼る)】

出力は次の3ブロックだけにしてください。会社概要の羅列は不要です。
1. 事業と商流の要約(5行以内。誰から仕入れて誰に売っているか)
2. この商談で確かめる仮説を3つ
3. その仮説を確かめるための質問を3つ

禁止事項:
- 推測で数字・年号・社名を書かないこと。分からない欄には「不明」と書くこと。
- 「人手不足」「DX推進」のような業種の一般論を、この会社の課題として挙げないこと。
- 役員名・担当者名を推測で書かないこと。
- 自社の商材が有効だという結論に寄せないこと。
- 同名または類似名の別会社が存在する可能性がある場合は、調べる前にその旨を指摘すること。

特に見ていただきたいのは禁止事項の欄です。ここは体裁を整えるための飾りではなく、後の章で扱う「本人の前で口にできない情報」を、生成の段階で先に減らすための欄です。分からない欄に「不明」と書かせる一行と、同名の別会社を先に指摘させる一行は、必ず残してください。

ネットに情報がほとんど無い会社は、社名ではなく「型」で調べる

顧客調査の解説が想定しているのは、IRもプレスリリースもある会社です。ところが実際の商談相手の多くは非上場の中小から中堅で、公開情報はコーポレートサイトの数ページと求人票くらいしかありません。この状態で社名だけを渡すと、AIは似た名前の別会社の情報を混ぜるか、業種の一般論で埋めるか、それらしい設立年や従業員数を作ります。情報が薄い会社ほど、出力に占める創作の割合が上がります。

そこで、会社を調べるのをやめて「型」を調べます。業種と、おおよその従業員規模と、商流上の位置の三点だけを渡し、この型の会社でこの部署が抱えがちな業務の流れと、詰まりやすい箇所を出させます。型の情報は一般論で構いません。外れても害が無く、商談で聞けば当たっているかがその場で分かるからです。会社について断定する情報とは、間違えたときのコストがまるで違います。もう一つ、情報の少ない会社ほど、最も中身のある公開ページは採用ページと求人票です。部署の構成、募集職種、使っているツール名、勤務体制まで書いてあり、現場の体制がそのまま出ています。ここはAIに要約させず自分で読んでください。自分の目で見た情報は、後の章で扱う「商談で口に出してよい情報」になります。逆に、商談相手個人についてAIが語れることはほとんどありません。本人が発信していない限り、役職名から一般論を組み立てるだけです。個人のことは本人に聞くのが最短です。

「不明」と書かせる — 埋まらなかった欄が、そのまま聞くことになる

禁止事項を入れても、一回目の出力には推測で埋めた行が混ざります。そこで二回目に、追い込みの一行を投げます。

上の出力のうち、公開情報で裏が取れない行を削除してください。削除した項目は一覧にして最後に出してください。

残ったものが事前に分かることで、削除された一覧がそのまま商談で聞くことリストになります。この受け渡しが記事全体の設計の中心なので、呼び名を固定しておきます。AIが「不明」と書いた欄と、裏が取れずに削除された項目を合わせたものが、聞くことリストです。追い込みのコツは指示の形にあります。「もっと詳しく」は効きません。詳しくさせると創作が増えるだけです。効くのは操作を指定する指示で、「この行の根拠になるページのURLを示してください。示せないなら消してください」のように、やることを一つに絞ります。Web検索のついたAIでも、引用元がその会社自身のサイトなのか、まとめ系のサイトなのかは必ず確認してください。後者には古い情報や別会社の情報が混ざっていることがあります。

目的別 — 土台から差し替える行

顧客調査のプロンプトは、目的ごとに別のものを覚える必要はありません。土台は前章の一本で共通で、変わるのは材料欄に何を足すかと、出力形式の一行だけです。プロンプト例を数十本並べた記事はいくらでもありますが、商談の直前に開いて選んでいる時間はありません。差し替える行の書き方さえ分かっていれば、その場で作れます。この章では、実務で差し替える頻度が高い場面だけを扱います。

目的材料欄に足すもの出力形式の指定使う場面時間の目安
業界の予習業種と、商流上の位置商流の流れと、繁忙期・閑散期不慣れな業界の初回商談直前の15分
相手の役職に合わせる会う相手の部署と役職この役職が最初に確認したがること3つ提案商談・決裁者同席10分程度
前回の続き前回の商談メモまだ聞けていない項目の一覧2回目以降5分程度

不慣れな業界に入るとき:会社ではなく商流を調べる

自分がその業界を知らないとき、AIは最もよく効きます。ただし聞き方が違います。社名を渡すのではなく、「【業種】の会社は、誰から仕入れて、誰に売り、どこで利益を出しているのでしょうか。一年のうちどの時期が忙しいのでしょうか」と聞きます。返ってくるのは会社概要ではなく、商流の流れと繁閑の波です。これが効く理由は、商談で相手が使う言葉が事前に分かるからです。業界特有の用語、部署の呼び方、季節の山。これらを知っていると相手の話が聞き取れます。会社概要だけを暗記して入ると、相手が現場の話を始めた瞬間に理解が追いつきません。初回商談の直前に15分しかないなら、やることはこれ一本で構いません。

相手の役職が変わるとき:誰が何を聞いてくるかを出させる

同じ会社が相手でも、現場の担当者と部門長と決裁者では聞いてくることが違います。材料欄に会う相手の役職を入れて、この役職の人がこの提案に対して最初に確認したがることを三つ挙げてください、と指定します。大事なのは、出力を質問リストとして受け取り、回答集としては受け取らないことです。答えの側は自社の事実なので、AIに書かせると嘘が混ざります。AIが出してよいのは聞かれることまでで、答えは自分で用意します。役職ごとの傾向は、おおむね次の表に収まります。

会う相手最初に確認したがること
現場の担当者今のやり方がどう変わるのか、手間が増えないか
部門長誰の工数がどれだけ動くのか、チームで運用が回るのか
決裁者何にいくら払うのか、いつ判断が必要か、社内の他の投資と比べてどうか

なお、この記事が扱うのは商談の前の調査だけです。競合との差別化の整理、提案書や営業資料の作成、ロープレによる練習、商談後のフォローメールは別の記事に譲ります。3CやSWOTのようなフレームワークも使いません。商談の15分前に書けるものではありませんし、書いても商談中に使う場面が来ないためです。

調べたことは、商談で話さない — 仮説3つと、最初の5分で聞く質問に変える

顧客調査を扱う記事は、企業情報を要約したところで終わります。URLを読み込ませて事業内容を把握する、短時間で企業リサーチを済ませる。入り口としては正しいのですが、その要約が商談のどこで使われるのかを書いた記事はほとんどありません。ヒアリング項目のリストアップまで進んだ記事もありますが、調べた結果とその質問が繋がっていないため、別々の作業として並んでいるだけです。ここが分かれ目です。調査の成果物は顧客についての知識ではありません。この商談で確かめる仮説が三つと、それを確かめる質問が三つ。知識は商談で使い道がなく、仮説は聞けば当たり外れが分かり、質問はそのまま話せます。

「よく調べていますね」で終わる商談が起きる理由

冒頭で「御社は昨年新しいサービスを発表されて、その領域に注力されていますよね」と切り出すと、何が起きるか。顧客にとっては自分が既に知っていることなので、情報の増分がゼロです。返ってくるのは「そうですね」の一言で、そこから会話が伸びません。同時に、商談の主導権が「こちらが話す」側に固定されます。冒頭をこちらの説明で使うと、相手は聞く姿勢に入り、自分の課題を話す姿勢から遠ざかります。内容が間違っていれば、冒頭で信用を落とします。ニュースを拾ってアイスブレイクにする手はよく勧められますが、相手からは調べてきたというアピールに見えることもあります。では調べた内容はどこで使うのか。質問の中に溶かします。「発表されていますよね」ではなく、「新しいサービスを立ち上げられると、その運用を受け持つ部署の作業量は変わるものですか」と聞きます。調べたことは前提として置くだけで、文の主語が相手の現場に移ります。返ってくるのは「そうですね」ではなく、現場の話です。

※著者の体験

転職エージェントをやっていた頃、候補者を紹介するために採用企業へ会いに行く前は、求人票とコーポレートサイトを一通り読んでから出ていました。読んだ内容は、冒頭で確認として並べるのがいちばん自然な使い道だと思っていました。

「今は中途を通年で採られていて、面接は二次までなんですよね」。この形で入った日は、返ってくるのが「はい、そうです」で、その先が続きませんでした。相手からすれば全部ご自身が書いた内容ですから、当然です。同じ材料を「一次面接は、今どなたが受け持たれているんですか」と聞く形に変えた日は、面接官が現場の課長で日程が押しているという話が、最初の五分で出てきました。私が読んでいたのは求人票の表側で、その裏側は聞かないと出てこない場所にありました。

読んだものを口に出さずに持っておくのは、最初はもったいなく感じました。準備した分だけ喋りたくなるのは、たぶん私の側の都合だったのだと思います。

調査の結果を仮説と質問に変える手順は、次の四つです。

  1. 仮説を三つに絞ります。 前章で出した「型」の詰まりやすい箇所から、この会社とこの部署に当てはまりそうなものを選びます。一回の商談で確かめられるのは三つが限界で、それ以上あると質問が尋問になります。
  2. 仮説を、断定せずに聞く形に変えます。 「ここが課題のはずだ」ではなく「このあたりは、今どうやって回されていますか」に変えます。こちらが仮説を口に出した時点で、相手はそれに合わせて答えてしまい、本当のことが出てきません。
  3. 外れたら捨てます。 三つのうち当たるのは一つあれば十分です。用意したものを使い切ろうとした瞬間に、商談は相手の話ではなくこちらの筋書きになります。
  4. 聞くことリストを質問の後半に足します。 従業員の規模、体制、使っているツール、検討の期限。AIが埋められなかった欄は、聞けば数秒で埋まります。

調べた内容と確かめた結果は、個人のメモではなく案件の記録に置いてください。同じ会社には何度も行きますし、次に行くのが自分とは限りません。プロンプトのチーム共有やテンプレート集の作り方は、この記事では扱わず別記事に譲ります。

顧客について間違えるのは、当事者の前で間違えること

AIの出力を鵜呑みにしない、必ず確認する。こうした注意はどの記事にも書かれていますが、顧客調査に限っては一般論では足りません。AIの用途の中で、顧客調査だけは間違いの露見率が実質的に百パーセントだからです。メールの誤字は謝れば済みます。提案書の数字は前提が違っていたと言って直せます。競合他社の情報を間違えても、顧客がその他社に確認するまでには時間があります。しかし顧客自身について間違えると、目の前の当事者が即座に気づきます。しかも、調べていない人ではなく、事実確認をせずに断定する人として記録されます。その後に話す自社の実績や導入事例も、同じ目で見られます。

AIが顧客について間違える型は四つに収まります。同名や類似名の別会社との混同、グループ会社や親子会社の取り違え、社名変更やM&Aより前の古い情報、そして役員名や担当者名の創作です。工業やシステムや商事といった語を含む社名は全国に何社もあり、規模も業種も違う会社の情報が自然な文章に混ざります。人名は最も創作されやすく、最も確認されやすい情報です。運用の線は一本で足ります。顧客の前で口にしてよいのは、自分が顧客のサイトで実際に目で見た内容だけで、AIの出力は聞くことの候補として社内に留めます。前章のとおり調べたことは商談で話さない方針なので、目視で確認しておくべき量はそもそも多くありません。数分で済みます。危ない順に並べると、従業員数や拠点数といった数字、役員名や製品名といった固有名詞、沿革や年号、事業内容の要約です。前の二つは一字も信じないでください。逆に、商流の型も詰まりやすい箇所も想定される質問も、間違っていても害が出ません。聞けば分かる形になっているからです。この線引きが、顧客調査でAIを使ってよい範囲そのものです。

準備不足を見抜かれるのが怖いから調べる、という順番で考えると、調べた内容を話したくなり、そこで間違えます。順番を逆にしてください。間違えないために、調べたことは話さず、聞く形に変えて持っていく。前章と表裏の関係にあり、守り方としてはこちらの方が確実です。

※著者の体験

逆の側に座ったときのほうが、この怖さは分かりました。

自分がサービスを申し込む側で説明を受けていたときのことです。担当の方が冒頭で、こちらの事業の内容と体制について、調べてきたことを言い切りの形で並べました。半分は合っていて、半分は少し古い話か、どこかで別の会社と混ざっていました。私はその場で訂正していません。細かい話ですし、相手の説明を止めるのも面倒でした。次の打ち合わせでも、その前提のまま話は進みました。相手はおそらく、間違えたことに最後まで気づいていないと思います。

黙って聞いていた側の私が何を思っていたかは、たぶん一度も伝わっていません。間違えた側の手元に何も残らないというのが、いちばん厄介なところだと感じました。

どのAIで調べるか、顧客の情報をどこまで入れてよいか

ツールの選び方は、機能を並べた比較表で覚えるより、用途を二つに分けた方が速く決まります。分岐点は一つだけで、引用元のURLが出るかどうかです。前章の「裏が取れない行は消す」という追い込みが機能するかどうかが、ここで決まります。もう一つ、このテーマで最も踏みやすい落とし穴が、顧客名や商談メモをそのまま貼ることです。二回目以降の準備は自分の商談メモを読み直す工程になると書いたとおり、貼りたくなる場面が構造的に発生します。だから、貼る前に契約の形態を確認する順序をここで固定しておきます。

用途使うAI理由
会社の公開情報を集めるWeb検索と引用元表示があるもの引用元のURLが出ないと、裏取りの指示が機能しない
商流の型出し・仮説出し・想定質問検索なしの汎用チャットで足りる事実を聞いていない用途なので、検索させるとかえって創作が混ざる
区分入れるもの
入れてよい相手の公式サイトのURL、公開されている業種と規模、自社の一般的な商材情報、業界一般の質問
条件付き顧客名や担当者名を含む自分の商談メモ(学習に使われない設定の法人向け契約かどうかを、先に確認する)
入れない先方から預かった資料や見積、社内資料、NDAの対象、個人の連絡先、名刺の画像

迷ったときの判断は一つで足ります。そのファイルを、社外の業務委託先にメールで送れるかどうか。送れないものはAIにも入れません。アカウント種別の細かい違いや社内ルールの整備、CRMとの連携までは、この記事では扱いません。

商談準備が足りないのではない — 前回、聞くべきことを聞いていない

道具が新しくなったとき、最初に起きるのは工程が速くなることであって、工程の目的が問い直されることではありません。商談準備をめぐってこの一年ほど増えたのも、何を準備すべきかという議論ではなく、準備をどれだけ短い時間で終えられるかという議論のほうでした。ただ、速くなって素直に得をする工程というのは、量そのものが価値を決めている工程だけです。準備がそれに当てはまるのかどうかは、一度疑ってみてよいところかもしれません。

一段引いて眺めると、商談に必要な情報は、置いてある場所によって性質がはっきり分かれています。片方は誰でも取りに行ける場所にあり、取りに行ける以上、同じ席を狙っている他社も同じものを持っています。もう片方は相手の頭の中にしかなく、検索という手段では原理的に届きません。予算の枠がどこにあるのか、稟議がどこを通るのか、何と比べられているのか。AIが劇的に速くしたのは前者を集める作業のほうで、後者との距離は一ミリも縮んでいません。それどころか、前者が豊富に手に入るほど、後者を取りに行かないまま準備が終わった気になりやすい、とは言えそうです。

そう考えると、準備の巧拙は、どれだけ集めたかではなく、どこが空白のままなのかをどれだけ正確に把握しているかで測るほうが、実務には近いのかもしれません。地図でいえば、塗られた面積ではなく、白いまま残っている領域の輪郭がはっきりしているかどうかです。輪郭が見えていれば、そこは商談で埋めに行けます。輪郭ごと塗り潰してしまうと、埋めるべき場所があったことすら分からなくなります。

顧客調査を扱う記事の結論は、驚くほど揃っています。事前調査には時間がかかる、だからAIで短縮する、抜け漏れなく準備ができ、それが受注に直結する、ただし最終的な判断は人間が持つ。大きな間違いはないのですが、一つだけ疑われていない前提があります。準備を厚くすれば商談は良くなる、という前提です。最後にここを外します。顧客について最も正確な情報源は、ネットでもAIでもなく顧客本人だからです。

二回目以降の商談で調べ物が必要になっているなら、それは前回の商談で聞くべきことを聞けていないという意味です。その穴は事前調査では埋まりません。AIは相手の予算の枠も、決裁の経路も、いつまでに決めたいのかも、他に何を検討しているのかも知りません。全部、前回その場で聞けたはずのことです。ここから逆算すると、AIはこの商談に準備が要るかどうかを判断できない、ということも分かります。社名を入れれば必ず何かを出力し、調べる必要がありませんとは決して言いません。最初の章で挙げた、会社案内の要約しか出てこないという症状の正体もここにあります。

したがって、準備が速くなったときに起きるのは、質の向上ではなく量の増加です。三十分が五分で済むようになったので、その分だけ多くの案件を準備する。ところが準備の量は受注に効きません。効くのは商談中に何を聞けたかです。しかも準備を厚くすること自体に副作用があります。用意した仮説を使い切りたくなるので、相手の話が想定と違ったときに捨てられなくなります。調べた内容を話したくなるので、こちらが話す時間が増えます。準備が厚いほど聞くまでもないと思い込むので、確認すべきことを確認しないまま進みます。準備は、商談中の余白を減らす方向にも働きます。

だとすれば、人が持つべき判断はAIの出力をどう解釈するかではなく、この商談は準備せずに出て最初の数分で聞くと決めることです。線はすでに引いたとおりで、初回であること、自分がその業界に不慣れであること、相手が情報を出している会社であること。この三つが揃った商談だけしっかり準備し、それ以外は聞く質問を三つ用意して出ます。AIで浮いた時間の使い道は、もう一件ぶん準備することではありません。商談の直後に、何が聞けなかったかを三行だけ書き残すことです。次の商談の準備は、前の商談の直後にしか作れません。

AIで商談準備を効率化するという言い方そのものが、商談の前にやることが準備だという前提に立っています。AIが最も効くのは、何も知らない業界に初めて入る初回の商談です。最も効かないのは何度も会っている顧客との商談で、そこで足りないのは情報ではなく前回聞けなかったことだからです。この記事で書いてきたこと、つまり商談の種類で調べるものを分けること、会社ではなく型を調べること、埋まらない欄を「不明」として残すこと、調べたことを話さずに質問へ変えること、口に出してよいのは自分の目で見た分だけにすることは、すべて一点に繋がっています。準備の役割は、商談で聞くことを決めるところまでです。その先は、商談で相手に聞いてください。

※著者の体験

独立してから、支援先の営業の方と一緒に次の商談の準備をする場面が何度もありました。私が最初に開くのは相手企業のサイトではなく、前回の商談メモのほうでした。

メモの中身は案件によってまるで違いました。相手が言ったことがそのままの言葉で残っている案件は、次に何を聞くかが十分ほどで決まります。一方で「前向き」「感触良し」しか書かれていない案件は、私がいくら会社側を調べても準備が組み立てられませんでした。外部の私に見えるのは公開されている側だけで、稟議がどこを通るのかも、社内で他に何と比べられているのかも、前回その場にいた人しか持ち帰れないものだったからです。調べる時間を延ばすほど、話は相手の業界の一般論に寄っていきました。

準備を手伝っているつもりで、私は前回の記録の読み方を手伝っていただけだったのかもしれません。会社のことは外からでも調べられるのに、その案件のことは中にいた人にしか聞けない、というのは今も変わらない感覚です。

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筆者:店長

営業と、競馬と、しゃべる植物。あっAIも。つい、いろいろ作ってしまう人です。

→ 店長の正体(詳しいプロフィール)

店長

Xアカウント:@nishi_sales_ai 新卒で大手IT企業に入社し、飛び込み営業から深耕営業、大手企業担当まで第一線で経験を積む(表彰歴多数)。その後、事業企画・営業企画部門で経営に近い立場から営業組織と数字に向き合い、10年勤続を経て独立。営業組織の改善に特化したコンサルタント企業を立ち上げる。 コンサルタントして数々の現場に入りつつ、自ら営業特化の転職エージェントも運営。近年はAIを活用した営業組織の業務改善・生産性向上プロジェクトに携わる。現場の最前線と経営の両方を見てきた視点から、営業3年目前後がぶつかる壁を越えるための実践知を発信する。

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