関係性構築という個人スキル依存が極大のスキルについて、唯一僕ができるアドバイス
営業時代に、先輩から最初に教わったのはラポール。会社によって呼び方が違うと思うけど要は商談導入時の雑談。
死ぬほど苦手だった。
「いきなり本題に入ると緊張解けないから顧客が警戒するだろ」と言われていたのだけど、自分が興味のない話にストレス感じる人も絶対いるだろ。と僕は心の中で良く毒づいていたけど口にはしなかった。
野球と政治の話は禁止、天気の話題はくそダサい。というお作法があったのだけど、そもそもお客さんがどこのファンかとか興味ないから死んでも話題にしないから心配すんな。と思っていた。
つまり、僕は顧客と打ち解けるということが大の苦手だった。営業する側でもされる側でも、「議論しようぜ!」が前面に出てしまうタイプで「雑談しないと信頼勝ち取れないとか関係性構築できないって、それはウソ」とは今でも思っている。
いくつかのコンテンツを読んでくださっていると前提で話すと、僕は言語化するということが習慣になってしまっていて、殊更「なぜそうなるのか」「それは何によって引き起こされているか」という因果について、公私問わず無意識に考えています。そして日本語で表現しようと試みている。
顧客と営業、という関係性に関わらず、そもそも人間同士の絆・繋がりというものが何によって強くなったり大きくなったりするのかということもしっかり考えてきた人生だった。
そうなりたい、という文脈というよりかは、そういうもんだ、を理解したくて。
これで全てを語れるものにはなっていないという前提付きではあるが対人関係においては「喜怒哀楽をどれだけ共有したか」が絆や繋がりと相関があるのではないか、と今のところ思っている。
例えば怒る、怒られるという関係ではなくて、一つの事象に対して一緒に怒った経験。喜ぶでいうと、何か一つのことを成し遂げて、ともに喜んだ経験。
この希少性と難易度と絶対量が絆や関係性を一義的に定義すると思っている。
この定義がもし仮に正しいとすると、営業と顧客の関係においてそれも初対面で「喜怒哀楽を共有する」というのはなかなかに難しい。
しかしながら、「共感までいかなくとも疑似的な体験をしたり」とか「めちゃくちゃお客さんを笑かせる」とかは結構その通りなのかもな、とも思っている。
じゃったら、明日からすればいいじゃん。でできないところが冒頭の「個人スキル依存強すぎて再現不可能」なので、構造を知ったところで、どうこう、という話でもないのかもしれない。
ルールを作ったものは、その抜け道についても同時に考える必要があるというのはカイジで読んだ。この構造を崩すショートカットの存在についてももちろん考えた。
それが「誰かから勧められた本や映画は絶対に読む、観る」だ。
立場上、キャリアでおすすめの本ありますか?とか、今のうちにこれ読んどけって本ありますか?とか将来、経営者なりたいんで経営の勉強したいんですけど、何かオススメありますか?とかよく聞かれる。
正直、僕はその辺に疎くて、経営学部からの経営学研究科(大学院)出身なんだけど、学生時代に読んだ古典的セオリーな経営書ぐらいしか知らない。
読んだことないけど「イシューから始めよとビジョナリーカンパニーあたりいいと思うよ」ってとりあえず言っているのだけど、後日、感想を持ってきた人はほとんどいない。
だから僕は基本的に人におススメを聞かない。なぜなら、聞いておきながら鑑賞しないことが地味に信頼残高を削る可能性を含んでしまってるかも、という恐れがあるから。
聞いたらいったん観る。読む。15ページで断念したとしてもそれはそれで伝えておく。
逆に、読みました・観ましたの報告を3年に1回ぐらいしてくれるのだけど、やっぱりありがとうって思うし、普通にうれしい。
何もできることはないと思うけど、何か頼まれたら力になりたいな、とすら思うかもしれない。
そうか、喜怒哀楽を共有しなくてもいいのか。普通に「喜んでもらうこと」すれば、少なくともされた方が一方的に好感いだくよな、
お客さんと雑談しようがしまいが、相手が喜ぶこと一つ置けばいいんだな。という取り留めない話。
